2023.07.31
【vol.16】「居合」の真髄を学ぶ(1)
最初のひと振りで決着を付ける究極の武道「居合」の達人を目指せ!
モテる男には和のたしなみも大切だと、小誌・石井編集長(49歳)が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中康嗣代表のもと、モテる旦那を目指す連載です。今回のテーマは「居合」。刀を用いて鍛錬する居合は、武士の時代から脈々と受け継がれてきた日本が誇る武道のひとつ。その真髄に迫ります。
- CREDIT :
文/牛丸由紀子 写真/トヨダリョウ 取材協力/無外流 吹毛会
第16回のテーマは「居合」。居合と言えば思い浮かぶのが日本刀で巻藁を一気に切り落とす試し斬り。その姿に象徴されるように、刀を用いて鍛錬する居合は、武士の時代から脈々と受け継がれてきた日本が誇る武道のひとつです。静謐かつ無駄のない所作には日本人が持つ精神性が詰まっているのだとか。
ジムで身体を鍛えてモテを目指すのもいいけれど、武道を通じて心と体の修養に励むほうが、人間としての格はだいぶ上がりそう。世界で戦える侍スピリッツを身に付けるべく、石井編集長と指南役、和塾の田中代表が向かったのは、無外流居合兵道 吹毛会の日本橋本部道場です。
田中 さて今回の和のたしなみは、居合です。教えていただくのは、無外流居合兵道 吹毛会の橋本龍弦会長です。橋本会長、今回はよろしくお願いいたします。
石井 居合に関しては、恥ずかしながら知識も経験も乏しいのですが、今日は実践も含めてその魅力を教えていただけるということで、ちょっとワクワクしています。
田中 武道の中でもなかなか体験することがないのが居合。無外流の免許皆伝を受けられた、まさに居合の道を極めた方にお話を聞く貴重な機会ですからね。まずは歴史から紐解いていただきましょう。
無駄な動き無く、相手を斬る武士の技術
田中 でもいわゆる剣術と居合とは大きな違いがあるんですよね。
田中 さやに納まっているのが居合で、抜いてしまったらそれは剣術。刀を使うと言ってもまったく違います。
石井 根本的なお話で恐縮なんですが、いわゆる「居合」という言葉の意味は?
橋本会長 まさに「居合わせる」という、字のごとくの意味です。基本的には人と居合わせた時に使う術ということですね。他にも刀を抜く動きから、「抜刀」という言い方をすることもあります。
石井 普通の状態、刀が鞘に収まった状態で居合わせるということですね。
橋本会長 そうですね。無外流には居合の形が20ほどありますが、そのほとんどが不意をつかれた場合どう対処するかといったものなんです。だから鞘から出した最初のひと振り、最初の一太刀が一番重要なわけです。その一太刀で相手を倒すのです。
田中 本当にそうです。居合自体がもっとも隆盛を極めた時期は江戸時代だとか。
橋本会長 戦国の時代が終わり江戸時代になると、太平の世になって、もう戦がない。そうなると、武士といえども刀の扱いを知らないものも出てきます。藩主など身分が高ければ剣術指南役から習えますが、一般の下士はそこまでできないので、剣術の町道場が生まれそこで稽古するのが一般的だったそうです。現在居合は約30程度の流派が残っていますが、当時は何百もの流派があったといわれています。
【ポイント】
■戦がなくなった江戸時代に武士の稽古として発展
■刀をさやに納めた状態で始めるのが居合、刀を抜いて始めるのは剣術
■大事なのは、最初の一太刀。一太刀で相手を斬り倒す
禅の学びを戦い方に取り入れた無外流
橋本会長 「無外流」は元禄6年(1693年)に辻月丹資茂(つじげったんすけもち)が江戸で創始した剣術の流派です。剣術と共に自鏡流居合も稽古されており、代々の継承者がこれを伝え、江戸末期には無外流居合と称されるようになりました。月丹は剣の修行のみならず、臨済宗麻布吸江寺に参禅し、石潭禅師のもと禅と学問を学びます。「剣禅一如」、技だけではなく心の修行に重きをおいた流派なんです。流派によっては形を残した伝書もあるのですが、我々の無外流伝書には技の内容や形の細かい動きなどではなく、己の心の在り方が書かれているのです。
石井 なるほど、技を磨くのではなく心を磨くということ。それは現代でも必要なことですよね。
石井 ちなみに無外流の“無外”とはどういうところからきているのでしょう?
橋本会長 やはりこれも禅に関係していて、辻月丹が石潭禅師からいただいた仏教の詩句である「偈(げ)」にその由来があります。偈(げ)の中に「一法実無外(いっぽう じつに ほかなし)」という言葉がありますが、これは「真理、真実はほかにない」という意味で、そこから“無外流”と名づけられました。
石井 そうなんですか? それは知らなかった! テレビシリーズにもなってましたよね。
橋本会長 主人公が無外流の達人という想定なんです。
石井 じゃあ会長もその当時なら、まさに本当の剣客じゃないですか(笑)。
田中 しかし現代では剣道の道場は割とありますが、居合の専門道場はなかなかないですね。昔はもっと居合も身近だったようですが……。
田中 その後新たなルールなどを制定し、スポーツとして認められるようになったのが、剣道ですよね。
橋本会長 剣道も昔はもっと勝負重視で、つばぜり合いの接近戦になると、足払いして相手を倒すなど、より実践的な戦い方でした。今のスポーツとなった剣道では考えられないですよね。居合は剣道復活より更に後になって許可され再び稽古できるようになりました。
石井 でも居合のような武道って、海外にはあまりないですよね。スポーツとして確立されているか、もっと実践的な戦闘みたいなものになってしまう。
田中 そもそも、古来変わらない刀で戦うというスタイルはないですよね。
橋本会長 武器が国宝や美術品として扱われるというのも、他の国ではあまりないですよね。
田中 甲冑も西洋のものは身を護る防御としての道具だけど、日本の鎧兜は細工や飾りに美しさがある。人を殺めるものなのに、そこに美を求めるというのも、不思議というか日本人らしいと言えるのかもしれません。
【ポイント】
■禅の学びを得た無外流では、技以上に心の在り方を重視
■小説「剣客商売」の主人公も無外流の達人
■居合は刀に対する美学や神聖性もあわせ持つ、日本ならではの武術
居合体験が日本の文化と精神性の理解に
橋本会長 そうなんです。普段は刀ではなく、包丁を握っています(笑)。
石井 それがなぜ、居合を?
橋本会長 私は小学生の頃からずっと剣道をやっていたんですが、社会人になってからは仕事の関係でなかなか稽古の時間がとれませんでした。それで剣道の先生が居合もやっていらしたことを思い出して、居合の道場を見つけて入門しました。好きな時間に稽古ができる道場というのがなによりも魅力でした。剣道をやっていた頃は先生の居合を見ても、なんだか爺くさいなと思ってたんですけど(笑)。でもやってみたら、もうハマってしまいました(笑)。
橋本会長 無外流明思派宗家 新名玉宗(ぎょくそう)先生が、無外流居合を普及するために1994年に設立したのが吹毛会です。ここ日本橋に本部道場を置き、「斬れる居合」を目指して技の伝承と精神修養を目的に稽古に取り組んでいます。
石井 “吹毛”もまた何か意味があるのでしょうか。
橋本会長 「吹毛」あるいは「吹毛剣」という禅語があるのですが、ふっと吹きかけられた毛が触れただけで切れるほどの鋭さをもった名剣のことで、これは己の煩悩や執着を断ち切るための剣を示しています。剣の修行は心の修行と言われますが、ひとりひとりの心の中を磨きなさいということですね。
石井 皆それぞれ素晴らしいものを持っているはずだと。その二文字にそんな意味が込められているとは、深いですね。
橋本会長 外国の方は日本人が知らない知識までご存知の方もいて、本当に勉強熱心です。居合はご自分の体力にあわせて稽古できますので、お子様からご高齢の方まで年齢も幅広いですね。
石井 僕のようなまったくの初心者でもやっていけますか?(笑)
橋本会長 私のような剣道出身者の方が少ないですから大丈夫です。年齢を重ねて、やはり日本人として日本刀を扱ってみたいという方も結構多いですし。また、グローバルな仕事をしている方が、海外でサムライや日本刀などについて聞かれても答えられず恥ずかしい思いをしたので、日本文化を知るためにという方も多いんですよ。
橋本 まずは石井編集長自ら、ぜひ体験してみてください。
石井 はい! 気合い入れて体験させていただきます!
【ポイント】
■禅の学びを得た無外流では、技以上に心の在り方を重視
■居合を習う方は女性も多く、近年は外国の方も増加
■世界が注目する日本の文化と精神性を体感できる
● 橋本龍弦(はしもと・りゅうげん)
無外流吹毛会会長、無外流免許皆伝、範士八段。小学生の頃から地元警察署で剣道を始めたのが武道との出会い。剣道歴20年、のち居合道に転向。無外流新名宗家の門下となる。普段は江戸創業の老舗「割烹とよだ」五代目店主として自ら包丁を持つ傍ら、食に関係するイベントや料理教室などの講師も務めている。居合道会国際大会で5年連続優勝、文部科学大臣賞を受賞している。
HP/財団法人無外流所属・吹毛会
● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
■ 和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
HP/http://www.wajuku.jp/
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