2025.04.24
【vol.19】モテるの元祖「幇間芸」(1)
世界で6人だけが識る!? モテるの極意が詰まった「幇間芸」をご存知ですか?
いい大人になってお付き合いの幅も広がると、意外と和の素養が試される機会が多くなるもの。モテる男には和のたしなみも大切だと、小誌・石井編集長が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中康嗣代表のもと、モテる旦那を目指す連載です。今回のテーマはそのモテるの極意を知る絶滅危惧の達人「幇間=太鼓持ち」です。
- CREDIT :
文/牛丸由紀子 写真/トヨダリョウ 編集/森本 泉(Web LEON) 撮影協力/都鳥

今回のテーマは「幇間(ほうかん)」。といっても、幇間ってのは何もの? という方も多いかと思います。幇間とは、いわゆる花柳界に生息する、別名の「太鼓持ち」としても知られるお遊びの達人。出会えるのは花街のお座敷。つまりどこかの料亭に出掛け、旨飯旨酒に芸者衆のお座敷に席を持たねば出会えぬ存在なのです。
見たことも聞いたこともない人が多いのも宜なるかな。一般に、幇間・太鼓持ちといえば、オモシロおかしな芸や艶話に滑稽噺で人を楽しませる人々ではあるのですが、実はそれ以上に、花柳界に集う旦那衆のお遊びには無くてはならない重要人物でもあるのです。
そんな幇間のお仕事、そしてなかなか知ることのできない花街のお座敷のヒミツ⁉ なども教えていただくため、石井編集長と指南役、和塾の田中代表が向かったのは、浅草の料亭「都鳥」。歴史ある料亭の一室で、旦那遊びを統括する「太鼓持ち・幇間」について紐解いてゆきましょう。

幇間とは芸を披露しお座敷の間合いを取り持つプロ
櫻川七好さん(以下、七好) こちらこそよろしくお願いいたします。
田中 石井編集長は幇間ってご存知でした?
石井 洋編集長(以下、石井) いや、恥ずかしながらほとんど知らず……。今回は詳しく教えていただければうれしいです。
田中 お座敷で芸を披露すると言うと芸妓や舞妓というイメージですが、実は幇間という通人だけが知っている人がいる。まずはその幇間とはどんな人なのかを教えていただきましょう。

幇間の“幇”とは助けるという意味でございまして、お座敷に芸者衆と同席し、酒席を幇(たす)けるのが仕事。間を幇(たす)ける、と書くわけですから、いろんな間を取り持つわけで、芸者と旦那の間、茶屋の女将と旦那の間、正客と次客の間……、酒席に関わるあらゆる「間」を取り持つわけです。
田中 今、幇間を生業にされている方は本当に少なくて、花街の見番、つまり花柳界の統括オフィスのような組織に正式に所属しているのは、全国でもわずか6人のみなんですよね。
七好 そうなんです。京都や金沢など全国に花街はありますが、幇間が残っているのは浅草だけです。昭和10年頃には、全国に500人ぐらいいた幇間も、今や我々6人だけ。日本、いや世界で6人といえば宇宙でも6人しかいませんから、かわいがるなら今のうちでございます(笑)。
石井 確かに!(笑)

七好 ですから仕事も少なくて、もう3日食べておりません(笑)。その割にはふっくらしていると言われますけれど(笑)。
さて、今日はお座敷でどんな感じでお客様と接しているのかがわかるように、お二人をお客様に見立てて、普段通りにお話しさせていただきますね。
石井 もうすでにお話に引き込まれています(笑)。どうぞよろしくお願いいたします。
【ポイント】
■幇間は今や全国で6人のみ
■お座敷に芸者衆と同席し、酒席を幇(たす)ける別名「たいこもち」
間抜けじゃできぬが利口はやらない⁉ 幇間の仕事
田中・石井 なるほど(笑)。

田中 旦那の注文通りに動かねばならない幇間さんは、だからあらゆる文化、あらゆるお遊びに精通していないと勤まらない。専門家というのではないですが、とにかく幅広い。歌舞伎も能も人形芝居も、落語も講談も浪曲も、踊りも唄も物真似も……、全部知っていなくちゃいけない。
七好 広く浅くという感じではありますが、お客様を楽しませるためにはやっぱり知識が必要です。例えば歌舞伎の一場面を役者の声色をまねて演じたり、「何かやれ」と言われた時に、真似事であってもできなくちゃいけないんです。できないと不勉強だなと言われてしまいますから。落語や歌舞伎、時事ネタなど、常にさまざまな情報を取り入れるようにしています。
そんな旦那のお相手をするので“たいこもち”とも言われるわけですが、石井編集長は “旦那芸”という言葉はご存知ですか?
石井 聞いたことはありますが……。

石井 確かにみんなに盛り上げてもらって、気持ちよくなっちゃいますよね。
七好 お客様もごひいきの歌舞伎役者やお相撲さんなどを連れてきたり。そういう方たちを面倒見ているということも、旦那のステイタスだったわけです。
田中 そういう旦那は、今はもうなかなかいなくなりましたな。
石井 かつてはそうやって、旦那衆が日本の文化を支えていたんですね。
【ポイント】
■旦那の依頼は絶対。嫌と言ってはいけない
■芸や話術のために、日本の伝統文化に精通
■お座敷は旦那衆が主役になれる場所

粋なお金の使い方と強い信頼が生む、旦那との関係性
七好 我々は世襲ではないんです。噺家さんのように師匠のもとに弟子入りするんですね。でも花柳界の縮小から、幇間も弟子をとらなくなった。そんな中、明治から昭和にかけて浅草で活躍した悠玄亭玉介師匠だけが弟子をとったので、残ることができたんです。
田中 玉介さんは本寸法の幇間として名を成した人物。花柳界に残る玉介伝説を知ると、かつての旦那と幇間の関係がよくわかりますね。ある時、旦那が幇間とお座敷で一杯やりながら、庭先に目を向けると、「ちょいとその池に飛び込んでみな」とのたまう。幇間は絶対に嫌とは言えないから、泣く泣く飛び込む。大笑いで盛り上がった旦那は、「隣の部屋で着替えてきな」と。そこに真新しい上等な着物が置いてあった、なんて話がある。
石井 なるほど。無理難題の旦那芸ですが、きっちりオチをつけている。粋ですね。
七好 ただ着物を作ってやったというのではなく、そこまで遊びにしてしまうという事なんだと思います。
だからわれわれの羽織の紋は、自分の紋ではなく旦那の紋なんですよね。お相撲さんの化粧まわしをごひいきさんが誂えるのと一緒ですね。

七好 昔はお座敷に旦那がひとりで来ることも多かったので、贔屓の芸者と指しつ指されつ、なんてことも多かった。そんな時でも、芸者と旦那の間を絶妙に取り持つのが我々幇間の腕の見せ所です。宴席の程よいところで「次のお座敷がありますので」と、いなくなる気遣いも必要で。旦那に「次があるんだろ?」と言われて、正直に「いえ、ありません」なんて言う幇間はダメなわけで(笑)。
石井 ああ、今もそういう場面あります(笑)。気が利かないヤツっているんですよね~(笑)。でもそうやって機会を整えてくれるのも、幇間さんの役目だったんですね。
【ポイント】
■幇間の一途と旦那の度量。どちらもなければ、成り立たず
■幇間の羽織の紋は旦那の紋
■芸者との間を取り持つのも幇間の仕事

幇間は花柳界の影のプロデューサー
七好 芸者衆は全国にいますが幇間はいないのでね。お呼びがかかれば世界中どこへでもうかがいます。最近は呼ばれなくても行っちゃうという、いやな幇間でございます(笑)。
田中 地方の花柳界がわからないという方でも、師匠にお願いすれば連れて行ってくれますよね。何しろ日本中の花柳界をご存知だから。
七好 もちろんでございます。どこでもお供いたします。昔であれば、旦那から「今日はこの金で」と任されたら、お座敷の用意はもちろん、いろんなところに顔を効かせて、時に吉原や博打場に案内したり。旦那がその日愉しむためのすべてを手配していたのが幇間なんです。
田中 先ほど幇間は、あらゆる間を取り持つ仕事と言っていましたが、芸でお座敷を盛り上げるのは一つの側面。実は芸者や料亭を手配したり、部屋の設えや料理の中身、余興の内容や時間配分、二次会の手配まで、すべてを幇間が取り仕切ることも。いわゆる“宴席のプロデューサー”なんですよね。
花街で遊ぶなら、すべてを幇間さんに預ければうまくいく。例えば、クライアントを接待したい、という時でも、贔屓の幇間に任せれば、大盛り上がりの接待座敷がセットされます。かなり上級ではありますが、一枚上手のモテる旦那を目指すなら、幇間の一人や二人(6人しかいませんが)贔屓にしてなきゃ。

石井 なるほど! 芸を披露するというだけではなく、その宴席すべてを助ける役割なんですね。遊びを理解し、人脈を持ち、お金も管理する。オトナの遊びの世界に精通した、花柳界の案内人というわけか。
七好 でも花柳界はやはり美しく色気ある芸者衆が中心ですから、我々幇間はあまり出過ぎてもいけない。縁の下の力持ち的存在と言えるかもしれません。
実は我々にはお座敷で「座布団を使ってはいけない」「お箸を持ってはいけない」というルールがあるんです。要は、その場にいるお客様と同じ立場になってはいけないということ。お酒は勧められれば頂戴しますが、お料理は決していただきません。お話も旦那の話題にお付き合いするわけで、自分からべらべらしゃべることはないんです。

七好 旦那の話に「それ知ってます」はダメですよね(笑)。「知らなかった、勉強になりました」と言うことも必要です。だから“馬鹿のメッキをする”とも言われます。
石井 中身は馬鹿じゃない。でもそれで旦那はいい気持ちになりますもんね。それもあざとくなく、本当に喜んでもらわなければいけない。幇間さんが、コミュニケーションの達人だということがよくわかります。
田中 太鼓持ちという名があるから、ただ旦那に尽くしているだけのようにみえますが、実はすごく力を持っていた裏のプロデューサーとも言えるんじゃないかな。
さて実践編(4月26日公開予定)では幇間の芸をぜひ石井編集長に体験していただきましょう。
【ポイント】
■幇間とは、遊びを知り尽くした花柳界の案内人
■どんな時もお客様と同じ立場にならぬべし
■人を喜ばせるには、“馬鹿のメッキをする”ことも必要

● 櫻川七好(さくらがわ・しちこう)
本名 渋谷敏男(しぶや・としお)。1952年北海道室蘭市生まれ。1974年より劇団に在籍し役者の道へ。1991年に元浅草芸者・岡本宮ふじを取り上げた劇中で幇間役を演じたことをきっかけに幇間になることを決意。1993年悠玄亭玉介一門の櫻川米七に弟子入り。1994年に東京浅草見番よりお披露目を果たす。現在は浅草、新橋、神楽坂などの東京の花街のみならず、全国のお座敷でも芸を披露している。2016年度の文化庁長官表彰を受賞。

幇間大競演 in 浅草見番
櫻川七好さん始め幇間衆が全員集合して芸を披露します。
日程/2025年6月1日(日)
開場/12時30分 開演/13時
料金/5000円
場所/浅草見番 台東区浅草3-33-5
お問合せ/03-3874-3131(浅草見番)

● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
■ 和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
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