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2022.03.12

生粋の“浅草っ子”会長が語る下町男の「粋と野暮」とは?

江戸からの由緒ある歓楽街・浅草で生まれ育った創業86年のパイプメーカー・柘製作所会長、柘 恭三郎さんは、東京下町の文化を肌で経験してきた人。その昔、男たちはどんな風に遊び、どんな男がモテたのか聞いてみました。どうやらそのキーワードは「粋」と「野暮」のようでして……。

CREDIT :

文/木村千鶴 写真/トヨダリョウ 

柘恭三郎 LEON 柘製作所
東京の下町、浅草のパイプ職人の家に生まれ育った生粋の浅草っ子、柘 恭三郎(つげ・きょうざぶろう)さん。父親がパイプメーカー「柘製作所」を立ち上げ、後継者となった柘さんは世界に目を向け取引を開始。今では国内はもちろん、国外でも百数十の会社と取引を行う、世界的なパイプメーカーとなり、パイプ愛好家であれば知らぬ人はいない会社へと成長しました。 

その功績は世界でも評価され、ドイツにある「タバコ・コレギウム(タバコ学会)」から“世界中に友好の輪を広げた人”として、アジアで唯一、「パイプの騎士」の称号を与えられています。

さらに柘さん、実は名うての“洒落者”。和装の時には素材はもちろん、帯幅から着丈、提げものにまでこだわり抜きます。夜の遊び方もスマートかつチャーミングで、含蓄のある言葉の端々に色気と教養が漂います。

そんな柘さんと話していると、「粋か、野暮か」という言葉には、どうやら独自のモノサシがあるようです。柘流の「粋」とは何か、何をしたら「野暮」となるのか、伝授していただきましょう。
柘恭三郎 LEON 柘製作所
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日本の歴史の中で築き上げた文化の中に、自分の居場所を見つけてほしい

──  素敵なお召し物ですね。外出される時はいつも着物ですか。

 ほとんどそうですね。私が子供の頃、この辺には芸人や職人、またはその筋の人なんかがたくさん住んでいて、その人らはほとんどが着物を着ていました。うちは代々職人だから、親父たちも着物でね、私は子供の頃からそういう姿に憧れてたんだ。新内(※)のお師匠さんの着物の着こなしがまたカッコ良かった。でもそうこうするうちにみんな死んじゃって、そういうのを知ってるのは私くらいになってしまったね。

──  着物を着ることと、日本の文化を大事に思うことはご自身の中で繋がっているのでしょうか。

 日本の長い歴史の中で、時の権力者は変わろうが、文化は連綿と続いてきたわけです。権力者が変わるたびに、前の為政者が作り上げたものを否定してしまったら、新しい権力者は統治しやすくなるし、市井の人々の主体性をも喪失させてしまうよね。だからこそ、文化は大切だと思ってます。着物は日本を代表する文化アイテムのひとつだよね。

でも若い頃にはわかっていなかったね。今考えると野暮だった。20歳前後の学生の頃、アルバイトで稼いだお金を貯めては、世界中を旅してまわったんです。学生の貧乏旅行だから、泊まるのはYMCAかユースホステルの相部屋。自然と色々な国の人と話すことになって、毎晩酒を酌み交わし談笑したのは今でもいい思い出です。

だけど、ニュースなんかが話題になると「あなたは日本人としてどう思っているのだ」と、意見を求められてね。その時は自分の意見を述べることが出来なかった。海外に出て初めて、“日本人としての自分の主体性”について考えました。自国の文化を知り、親しむこと、主体性を持って発言することの大切さを痛感した出来事だった。
※新内(しんない)とは、 主に花街で唄われる新内節のこと。元は浄瑠璃の一流派で、哀調のある三味線の節に乗せて遊女の悲しい人生などが唄い上げられる。
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── 主体性を持って意見を述べることが得意な日本人は、あまり多くないのかも知れません。自国にいると気づかないという部分もあるかもしれませんね。

 日々の生活の中でも、日本人としての伝統を意識する時間はあると思うんです。例えば、地元の祭礼でもいいし、文化活動に参加するのでも、趣味のコレクションでもいい。僕の生まれ育った街、浅草には三社祭りがあります。浅草の住人にとっての一年は、三社祭りに始まって三社祭りに終わると言っていいほど、みんな楽しみにしている年中行事です。

この祭りを通して、地域社会の結びつきの大事さや相互扶助の精神を、楽しみの中で教えてくれてるんですね。また、お神輿や祭礼のナリ(半纏姿や着物姿)等の江戸時代から続く下町浅草の美意識の中にどっぷりと浸かることで判ることがある。

どんなことでもいい、若い人たちにも、日本の長い歴史の中で築き上げた文化に自分の居場所を見つけて、自分なりに愉しんでもらえるといいと思いますよ。

遊びの矜持は持っていた方が面白い

── 柘さんは、趣味にもファッションにもこだわりを持ってらっしゃいますよね。

 ファッションでなくて「なり」と言ってもらいたいね。趣味のコレクションは色々あります。そしたら今日は少し色気のある物をお見せしましょうか。こういう物は花街に遊びに行く時なんかにちょっと忍ばせて行ったりすると面白いんですよ。
僕らが夜の街に出るとしたら、大概は銀座じゃなくて浅草や向島の花街が多い。銀座で綺麗なお姉さんたちと話しているのも楽しいんだけど、浅草は芸が見れるのでね。踊りを鑑賞したり、謡ったり、都々逸の色っぽいのもやってくれるしね。

銀座のお姉さんは例えばバレンタインの時にはチョコレートと一緒に手紙をくれるんだけど、花街の姐さんからは、手紙じゃなくて巻物でくる。その最後に一句五七五で認(したた)めてある場合は、返信に七七音をつけ足してやるとかね。川柳だったらこちらも川柳で返すなんてね。そういうのが面白いんだ。
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── 遊ぶにも相当な知識が必要な気がしますね。

 遊びは文学性のある洒落っ気を持ってた方が面白いよね。教養って言っても大上段に構えない教養ね(笑)。洒落や冗談でも、お互いに伝わらないとつまらないから。

着物を着る時、僕はよく襦袢で遊ぶんだ。(背中に春画が描かれている)襦袢は下着だから普通にしていれば見えないんだけど、飲んでる途中で暑くなってくると、片袖を脱ぐわけ。そうすると、チラッと見えた柄を見つけたお姐さんから「あらツーさん、おイタなもの着ちゃって」なんて言われてさ(笑)(花街では本名はあまり呼ばない)。四十八手が描いてある襦袢は、袂からちょっとだけ見え隠れするんですよ。これも面白いよね。

── 芸者さんは、お客さんのちょっとした笑いの仕込みに気づいてくれるわけですね。

 そうそう。でもまあこんなことするの、今じゃあんまりいないよね(笑)。座敷の一興ですよ。でもこれも「どうだ」って見せるように着たら野暮ですね。わかってくれなければそれはそれでいいんだよ。黙って帰りゃいいんだからさ。
── 自慢したり、わかってもらえないと拗ねたりするのはあまりカッコいいことじゃないですね。

 そう、でもそこに気づいてもらえると、俺だって内心うれしいんだ。20万円くらいかけて作ったんだからさ(笑)。ん〜、このへんが俺の野暮よりのところかな(笑)。

── ハハハ。やっぱり言われたかったんですね。こういう「オイタ」な物を身につけるのは、夜遊びの時だけですか。

 例えば、結婚式のような目出度い席には、縁起物の小物を身に付けます。この「根付け」は“打ち出の小槌”で、金銀財宝がザクザク降ってくるように願いを込めている、というのは表向き。これにはちょっと細工があって、中は男根と女性器になってる。裏の気持ちは子孫繁栄を願って──ということにある。でもそれは人に見せないで、家に帰ってきてニヤッとして仕舞うというわけで(笑)。
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── 誰にも見せないわけですね。

 そりゃ見せたら野暮じゃない?(笑)。他にも表向きは玉手箱で、開けると中は……っていうのもある。こういうのはキリがなくたくさんあるんですよ。洒落だね。小さいものの細工は、自分も物作りをしてるからわかるけど、大変なんですよ。道具だってこれに合わせて小さくしないとできない。職人の技が詰まっているんだ。
── 根付けの面白さは細工にもあるんですね。

 根付けは六方正面といって、どの面から見ても完成されてなきゃいけないんです。置物彫刻だったら置いて見るじゃない。だから底面は表現されていない。でも根付けっていうのはフォーカルポイント(注視点)が20cm〜30cmのところにあるから、全六面、どこから見ても形が整ってなきゃなんない。

── この根付けも、わざわざ持って行っているのに中を見せないんですね。

 見せない見せない。見せちゃったらいただけない、野暮だよね。
柘恭三郎 LEON 柘製作所

粋と野暮ってのは表裏一体なんですよ

── 粋と野暮の境目ってなんでしょうね。素人には難しいです。

 「粋」というのは、簡単に言うと、色気と、張り、遠慮や恥じらいですね。見た目で言うと地味から華美の中間点あたりかな。僕はそう解釈してる。張りもね、そこに恥じらいとか遠慮がなきゃただのつっぱり(粋がる)になっちゃうから。「粋」も過ぎれば「野暮」となる。歌舞伎十八番「助六所縁江戸櫻」の河東節に「野暮は揉まれて粋となる」という節があるじゃない。粋と野暮ってのは表裏一体じゃないの?

── 遠慮や恥じらいも粋には必要なんですね。それは相手を思いやる心に通じるものと解釈していいんでしょうか。

 そうですね、心遣いみたいなものでしょうか。例えば雨の日に着物を着ていくなら、座敷が汚れないように外套足袋を履いていって、座敷に上がる時には新しい足袋に替えるのもそれですね。できれば二枚鞐か三枚鞐の座敷足袋がいい。見た目もすっきりする。

あるいは芸者衆には祝儀を渡す時、そのまま渡すんじゃなく、ポチ袋に入れて渡す。ポチ袋は小さきゃ小さいほどいいんだよ。ぽち袋が無かったら、折り紙で子袋作って中に入れる。現金で渡すよりも粋でしょ。そういうちょっとした心遣いが大事だと思うね。
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柘恭三郎 LEON 柘製作所
 前ね、NHKの番組で旦那と太鼓持ち(幇間・男性芸者)が鍋をつつくシーンが撮りたいと言われて。よし、じゃあうんと粋な格好してやろうと思って、着物(ナリ)はちょっと身幅の詰めた長めのゾロリ。帯は鬼献上の二寸幅にして行ったわけ。そしたらね、太鼓持ちの悠玄亭玉八師匠に「柘さん、粋ですね」って言われちゃって。見たら、同じような格好(なり)してたんだ。

それからはもう、粋がることはやめた。本来は私が「よぉ―師匠、粋だね〜」言わなきゃいけなかった。太鼓持ちを座敷に呼ぶのは客の方でしょ。粋が身上の幇間の師匠だよ。客である我々は、料亭の設え、芸者衆(げいしゃし)、酒席の粋な空間を愛(め)でる気持ちでいればいい。客はさっぱりと垢抜けたナリでちょっと色気を感じさせること。これが客としての粋な姿ではないかな。下町には「銀流し(みかけだおし)」と言う言葉がある。これは言われたくない言葉だね。
── 大人のカッコ良さってそういうことかもしれませんね。

 まあでも気付くのが遅かったんだよね、ずっと粋がってたからさ。やっぱり気遣う心はもっていたい。例えば遊びに関してもね、女性から気遣いを受けたら、それを上回る形で返したいものです。若い人たちにもその気持ちは持っていてほしいですね。

── 若い人と接して、世代の移り変わりを感じることはありますか。

 自分たちの若い頃は、はちゃめちゃでしたからね、今の若い人を見てると堅実だなと思う。もうちょっと、はちゃめちゃやってもいいんじゃないかな、とは思うけど、そういうことが許されない社会になってきたのかな。経済的にも、遊ぶお金やコレクションするお金がないという若者が増えていると感じます。少し気の毒かもしれないね。

でもさ、これまでだって戦争があったりで、できない状況はあったんです。生きていかなきゃならない状況の中でも、その中で自分が楽しむ遊びを見つけてきたんですから。政治が悪いとか経済が良くないって言っててもしょうがないよね。その時々の中で、どうやって粋に遊ぶか生きるか、ということじゃないかな。
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柘恭三郎 LEON 柘製作所

● 柘 恭三郎(つげ・きょうざぶろう)

1946年、東京・浅草生まれ。1936年創業のパイプメーカー、柘製作所・代表取締役会長。ドイツにある「タバコ・コレギウム(タバコ学会)」から“世界中に友好の輪を広げた人”として、アジアで唯一、「パイプの騎士」の称号を持つ人物。ほかに、国際パイプクラブ連盟の筆頭副会長。日本パイプクラブ連盟の理事なども務める。パイプコンフェリ会員(フランス・サンクロード市パイプ工業会)、国際パイプ学会会員、日本根付研究会理事など、国際的に活躍。千社札・根付・版画・着物、19世紀のパイプ、マッチラベルなどのコレクターとしても知られる。
柘製作所HP/柘製作所 パイプ・煙管・葉巻・たばこなどの輸入・販売・製造 (tsugepipe.co.jp)

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