2022.08.14
ヴァイオリニスト・宮本笑里「父からデビュー当時、すぐに消えると言われて」
クラシックの枠にとらわれず、ポップス系のミュージシャンとも多数共演。麗しいヴァイオリンの音色を届けている宮本笑里さん。デビュー15周年を迎えてもなお、常に新たな輝きを発信し続けるそのルーツは『LEON』にあった!?
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文/松永尚久 写真/トヨダリョウ スタイリング/森本美砂子 ヘアメイク/福島加奈子
完成させた最新アルバム『classique deux』は、タイトルや作曲者は知らずとも、どこかで耳にしたことのあるスタンダードな楽曲で構成された内容。また、ジャケットのこれまでのエレガントな雰囲気とは異なるクールな佇まいも印象的です。そんなアルバムの聴きどころはもちろん、理想のパートナー像にも迫ってみました。
『classique deux』
通常盤3300円、初回生産限定盤3850円/ソニー・ミュージックレーベルズ
初回限定盤は、収録曲のミュージックビデオのほか、2020年に敢行されたオンラインライヴを収めたブルーレイ付き。また、収録全曲を「360 Reality Audio」で配信中。
“ちょい不良(ワル)”ファッションな父の影響で「黒」が大好きに!
宮本 実は私の父(※)が“ちょい不良(ワル)”系ファッションが大好きで、『LEON』を愛読しています(笑)。音楽家という人から見られる仕事に就いていたので、雑誌からスタイルを学んでいる感じでした。実家には父専用の衣装部屋があるくらいですから。
クルマも好きで、ベンツを運転する姿がサングラスにスーツなので、一見するとワイルドすぎるんですよ(苦笑)。
—— お父様に影響を受けている部分はありますか?
宮本 実家のインテリアは黒と赤が基調になっていて、その影響からか私も黒が好きなんです。色の好みは受け継いでいるのかも。
—— 今日のファッションも黒ですね。
宮本 クラシックだと、エレガントなドレスというイメージが強いのかもしれませんが、普段のファッションは黒が基本です。個人的にはクールな格好のほうがしっくりきます。ただこんなに高いヒールは、演奏ができなくなってしまうので履きませんが(笑)。
—— 『classique deux』のアルバムジャケットも、これまでのイメージと違ってクールな印象です。
宮本 2018年にリリースした『classique』は、ドレスをまとってクラシック音楽のイメージをそのまま体現した感じに。今回はデビュー15周年記念ということもあり、自分自身のルーツというか、クラシックだけでなくポップスなどいろいろな音楽をミックスさせて表現活動をしていきたいという姿勢を、ヴィジュアルで表現したかったのです。
クラシックは、テクニック以上に「個性」が求められる
宮本 今回のレコーディングは、実際のコンサートホールを貸し切って3日間にわたって制作しました。通常はスタジオに何回も通って、じっくり時間をかけて完成させるのですが、3日間ヴァイオリンを弾きっぱなし。
しかも、クラシックの特性上、スタジオ録音のような細かい編集ができないので、失敗したらもう一度やり直しという緊張感のあるものでした。でも、音響の素晴らしいホールなので、ストレスなく楽しく演奏することができました。
—— ホールでの一発録りなんですね。
宮本 ポップスだと、あとで編集をしてもすんなり耳に入ることが多いのですが、クラシックの特にホールでのレコーディングに関しては自然と空気感が出るので、あとで手を加えると、楽曲の世界が途切れてしまうのです。
—— 演奏している楽曲は、平原綾香さんの「Jupiter」の原曲としても知られる「ホルスト:木星」を筆頭に、聴きなじみのあるクラシックばかりです。
宮本 前作でも誰もが耳にしたことのあるクラシックをセレクトしたのですが、本作は、前作で収録できなかった、私の大好きな楽曲を選びました。「あ、この曲聴いたことがある」と気づくきっかけになればいいですね。
—— 誰もが聴いたことのある楽曲を演奏するのは難しいですか?
宮本 クラシック音楽の演奏に「楽」という言葉はなくて。多くの方に長年愛され、また演奏されている楽曲ゆえに、弾いていると自然にプレイヤーのパーソナルが伝わってしまう。この人は普段どんなことを考えて、この楽曲や音楽に取り組んでいるのかが、浮き彫りになってしまうのです。
だから、1つも手を抜けないフレーズばかり。ただ、それがクラシックを演奏する醍醐味なのですが。
—— 今回、特に大変だったことは?
宮本 セレクトしたものはピアノで演奏を想定して作られた楽曲が多くて。例えば、「ショパン:夜想曲第20番嬰ハ短調 遺作(ミルシテイン編)」(平原綾香さんが発表した「ノクターン」の原曲としても知られる)とか。
そういう楽曲をヴァイオリンで再構築する作業が難しくて。ピアノで聴くとメロディの美しさが際立つのに、ヴァイオリンだとそれがうまく伝わらない。特に、音楽的なブレスの場面を考えるのが難しかったですね。
宮本 幸いにも声を出すレコーディングではなく、細かく気にする必要はなかったのですが、一定の距離を保ちながら演奏はしていました。ただ、離れすぎてしまうと相手の空気が伝わりづらくアンサンブルが成立しないので、息づかいがわかる程度の近さは大切にしないといけませんでしたが。
—— 本作は、ゲスト奏者も多彩です。
宮本 ゲストの方々は皆さん、現代のクラシック音楽の代表的な存在。一緒に演奏してくださったことによって、楽曲がより鮮やかになりました。
—— 「木星」では、ホルンに福川伸陽さんが参加しています。
宮本 ホルンは演奏するのがとても難しい楽器で、その第一人者である福川さんと共演させていただいたこと自体が奇跡のようでした。レコーディング中は「なんでこんなに美しい音を響かせられるのか」という神技の連続で、圧倒されましたね。
—— 「ファリャ:スペイン舞曲第1番(クライスラー編) 」は、「木星」とは対照的に華やかな仕上がりですね。
宮本 これは前作で収録しようか迷って、気分的に当時収録するのを躊躇して最終的には録音しなかった楽曲。今回は収録できてよかったと考えています。
—— 「ピアソラ:リベルタンゴ」の緩急のある展開が、印象的でした。
宮本 「リベルタンゴ」って、最初からノリノリで演奏することが多いのですが、ミステリアスな雰囲気から始まって、徐々にエモーショナルになっていく展開で、ほかにはないユニークな仕上がりになったと思います。
宮本 クラシックは、深く知れば知るほどいろいろな雰囲気がある音楽。このアルバムを通じて、こういう部分ももっているんだという発見をしていただけたら。
—— 本作をどんなふうに聴いてもらいたいですか?
宮本 ヴァイオリンを駆使しての“歌い方(演奏力)”って、楽譜があってそこにどう自分らしさを味付けするかということなのです。もちろんテクニックも大切ですが、それ以上に求められるのが、個性。
自分らしさがあるかどうかで、リスナーに伝わる力も大きく違ってきます。今回は、より多くの人に勇気を与えたり、寄り添えるような“歌い方”を心がけました。
新型コロナの蔓延をきっかけに、これまで気にしなかった些細なことで心が揺れてしまうことが多くなっていると思います。そういった試練を乗り越えて、新しい気持ちで日常を過ごす手助けができる作品になってほしい。
あまり深く考えずに耳にしてもらって、最後には自然に明るい気分になれたという反応をいただくのが一番うれしかったりします!
やりたいことを全うしている人はどんな服を着ていてもカッコいい!
宮本 当初は、自分の活動がどうなってしまうのか不安になるたびに落ち込んでいました。そういう時に私も音楽を聴いて、心がリセットできた部分がある。音楽は偉大だなって思いました。
—— 宮本さんは結婚されてますが、理想のパートナー像について教えてください。
宮本 例えば、子供が小さい頃の育児は付きっきりで、睡眠も充分に取れずに体がボロボロになってしまう。そういう状況を察して「ちょっとお茶でもしてきたら?」と言ってもらえるだけで、気分が安らぎます。実際は、気になるからお茶しにいかないかもですけど(笑)。
相手のことをちゃんと気にかけているという姿勢を示すだけで、和むこともあると思うんです。男性の、社会で闘ってるんだから家では解放されたいという気持ちもわかるので無理強いはしませんが、全部を他人事にされてしまうと、哀しくなります。ちょっとした気遣いを忘れないでほしいですね。
宮本 自分のやりたいことを全うしようとする姿にカッコよさを感じます。それがみえると、どんな洋服を着ていても、カッコいいと思います。私の父がそういう人ですね。
常に自分に厳しく向き合って、闘いながらステージに立っていた。その姿は生き生きとしていて、こういう人になりたいと私も憧れました。
—— 見た目も中身も素敵なお父様なんですね。
宮本 世界各地を転々としていたので家にいないことも多く、一緒にいる時は最大限の愛情を注いでくれたと思います。もちろんリラックスした姿を見せる場面もありますが、いつも自分の好きなことに集中していて、キラキラしている印象です。
—— ちなみに、クラシックは歴史のある音楽です。造詣の深い方からの意見は、どのように捉えますか?
宮本 クラシックは勉強してもしても終わりのない音楽なので、いろいろな方からお話を伺うのは、とてもありがたいです。ただ自分の演奏に関して細かく指摘されると、ちょっと心が折れるかなって(笑)。
でも、人間ってつい自分に都合のいい部分だけを切り取って解釈してしまいがち。厳しい意見をいただくことで、自分の成長点が見つかることもあるので、最終的には素直に拝聴します。
—— その謙虚な姿勢が、15年にわたる活躍の秘訣ですね。
宮本 周囲のスタッフやリスナーの皆さんに支えられて、なんとか15年目を迎えられたという感じですね。父からはデビュー当時「すぐに消える」と言われましたから(笑)。
実はそれは「初心を忘れずに活動しなさい」という励ましだったのですが。だから、絶対に後悔しないように、日々を大切に過ごした15年でした。
—— 20年、30年に向けてどんな活動を?
宮本 「これが宮本笑里だ」と一瞬にして認知していただける演奏力をつけるために、今後も努力を重ねていくだけです。
また、既にほかのミュージシャンの方も尽力されていますが、「クラシック=敷居の高い音楽」というイメージを払拭させ、もっと気軽に楽しんでいただけるような活動ができたらと思っています。
—— クラシックは、どんな時に聴くのがおすすめですか?
宮本 娘が勉強する時はモーツァルトを流しています。勉強がはかどるみたいで。私自身も読書中に流していると、分厚い本もあっという間に終わりますし。集中力を高めたい時におすすめです。
—— 『LEON』読者にはクルマ好きも多く、ドライブ時はどうですか?
宮本 そうですね。運転中に向き・不向きな楽曲があるとは思いますが(笑)。アルバム収録の「木星」は、ラグジュアリーな空間を演出してくれそう。眠くなりにくく、かつうるさすぎずに、高揚感を与えてくれる。セレブ気分に浸れる感じでしょうか(笑)。
● 宮本笑里(みやもと・えみり)
ヴァイオリニスト。東京都出身。14歳でドイツ学生音楽コンクールデュッセルドルフ第一位入賞。その後、小澤征爾音楽塾、NHK交響楽団などに参加し、2007年『smile』 でアルバムデビュー。2022年11月〜「宮本笑里15周年リサイタルツアー2022 “classique deux”」がスタート。東京公演は11月22日浜離宮朝日ホールにて。
http://emirimiyamoto.com