2022.09.03
「食べないと体力が持ちません」トップバレリーナ、加治屋百合子の日常とは?
日本を代表するバレリーナとしてアメリカのヒューストン・バレエで活躍する加治屋百合子さん。この秋には日本公演で『白鳥の湖』を踊ります。帰国した機会にご自身のことやバレエの楽しみ方について伺いました。
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文/長谷川あや 写真/内田裕介(Ucci) ヘアメイク/伊藤歌苗
今回ご登場いただくのは、20年以上、日本を代表するバレリーナとして踊り続け、現在は全米屈指の実力を誇るヒューストン・バレエで最高位にあたるプリンシパルとして活躍している加治屋百合子さん。2022年10月には、東京公演の『白鳥の湖』で主役を務めることが決まっています。そんな加治屋さんに、ご自身のことやバレエの楽しみ方について伺いました。ちょっとばかりフライングして先にお伝えしてしまうと、バレエデート、かなりオススメみたいですよ♡
中国の厳しいバレエ学校も子ども心にギブアップしたくなかった
加治屋 両親が共働きでしたので、ひとりで家に帰った際に寂しくないようにと、小さな頃からいろいろな習い事に通わせてもらっていました。その中のひとつがバレエで、母がバレエ教室に連れて行ってくれたのですが、初めてのレッスンの時は緊張で泣いてしまったことを覚えています(笑)。
── バレエは子供のお稽古の一つとしても大人気ですが、自分が他の子よりうまいと気づいたのはいつ頃だったのでしょう?
加治屋 うまいと思ったことなんて、なかったんです。私は10歳の時に中国の全寮制のバレエ学校に留学しているのですが、中国に行ってからは、先生から私がいちばん下手だと言われていて、じゃあ頑張らなくちゃと、一生懸命練習していました。子どもだから素直だったんでしょうね(笑)。
加治屋 父が仕事の関係で上海に行くことになり、両親から、全寮制のバレエ学校があるから行ってみないかと勧められたんです。当初、両親は、「1、2カ月、文化交流のような感じで体験してみるのもいいだろう」という気持ちだったと思います……。
── それが6年間、滞在することになるとは……。生活はいかがでした?
加治屋 レベルも生活環境も、いろいろすごかったです(笑)。私が留学したのは国立のバレエ学校で、中国人のクラスメートは“選ばれしエリート”ばかり。ただでさえ厳しいのに、クラスメートの親御さんは、先生に「厳しく叱って、ウチの子を一人前にしてください」とお願いしていたのを今でも鮮明に覚えています。
生活面も大変でした。当時の中国は、上海とはいえまだ発展前。蛇口をひねっても水が出ないことや、トイレの水が流れないことは日常茶飯事です。長期休みに、日本に一時帰国した時、家で蛇口をひねらず、ちょろちょろ出てくる水を使っている私を見て、母に、「百合ちゃん、日本では蛇口をひねれば、ちゃんと水は出てくるのよ」と言われました(笑)。
── なかなかハードな体験ですね。
加治屋 留学して1、2カ月経った頃、母が、「そんなに頑張らなくてもいいよ、帰ろう」と迎えに来てくれた時、私は「帰りたくない」って言ったんです。踊ることに目覚めていたわけでも、楽しかったわけでもありません。まだ、バレリーナになろうとも考えていなかった頃です。今思えば、子ども心に、せっかく始めたことをこんなに早くギブアップしていいのだろうかという思いがあったのかもしれません。
加治屋 いえ、びっくりしたみたいです。帰りの飛行機で泣いていたと聞きました。
── ちなみに、加治屋さんが、踊ることに目覚めたのは、いつくらいだったのでしょう?
加治屋 コンクールに出られる年齢──、13歳くらいの時だったと思います。
── 15歳の時には、「ローザンヌ国際バレエコンクール」で「ローザンヌ賞」を受賞します。バレエに詳しくない人でも耳にしたことがある知名度の高いコンクールですよね。まず、コンクールに出ることが大変だったとお察ししますが……。
学校側に出たいと伝えたのですが、同校の出場枠は4名と決まっています。最初は「留学生のあなたにその枠はあげられない」と言われていたのですが、何度もお願いしたところ、学校内で選抜会を行い、上位4名に入ったら考えてもいいということになったんです。ここで諦めるわけにはいきませんでした。
── 見事、枠をゲットする加治屋さんもすごいですし、留学生にちゃんとチャンスを与えてくれる学校もすばらしい! 「ローザンヌ国際バレエコンクール」では、見事、「ローザンヌ賞」を受賞。奨学金を得て留学をするチャンスを得ます。
バレリーナは普通の人より食べる量が多いかもしれません
カナダに行って、まず驚いたのは、学校に体重計がなかったことです。上海では毎週体重を測り、少しでも太ると先生に注意を受けていましたから(笑)。また、上海では週末も練習漬けでしたが、トロントの学校は、週末はスタジオが閉鎖してしまうんです。最初はそれがストレスでしたが(笑)、だんだんと慣れていきました。
加治屋 ありがとうございます。日本にはワークショップなどの仕事で頻繁に帰っていますが、語彙力がなく、同じ単語しか出てこないことも(苦笑)。ABTは、私が入団してしばらくは、日本人が私ひとりだけでしたが、現在、所属しているヒューストン・バレエは、日本人のダンサーも複数います。ただ、私を含め、みんな海外生活が長いので、日本語が少しヘンだったりするんです。時間があれば、改めて日本語を習いたいです!
加治屋 多くの日本企業が進出しているので、もしかしたらLEONの読者さんには、なじみがある都市かもしれませんね。日本人コミュニティもあり、またアジア系の店も多いので食に困ることはありません。
加治屋 わかります、大丈夫です(笑)。あまり食べないイメージがあるかと思いますが、むしろ逆で、人より食べる量は多いと思います。体を動かしている時間が長いので、食べないと体力が持ちません。とくに公演中は、摂取カロリーをキープするためにも、頑張って食べるようにしています。
加治屋 しますよ~! バレエ団の中にはジムもあります。男性ダンサーは、女性を持ち上げるためにも筋肉が必要ですし、女性のほうもキレイに浮いているように見せるために筋トレはとても大切です。
10月に東京で上演される『白鳥の湖』は、私にとっては久々の全幕もの(ストーリーのある作品を1幕から最後の幕まで完全なかたちで上演すること)。主役は出番も多いですし、体力的にもテクニック的にもとてもチャレンジングな試みなんです。
女性がお洒落して出かけられるバレエはデートにもぴったり
加治屋 ひと口に「白鳥の湖」といっても、いろいろなバージョンがあるんです。
── そうなんですか! それって、いろいろな演出の『忠臣蔵』がある的なイメージでしょうか。
加治屋 『忠臣蔵』以上に違いは大きいかもしれません(笑)。ラーメン店や寿司屋が店によって違うといった感じでしょうか。「白鳥の湖」というタイトルが同じだけで、演出も衣裳も照明も、そして、音楽のアレンジも、バレエ団によって違ってきます。もちろん、踊るダンサーによっても違います。
加治屋 芸術監督のスタントン・ウェルチが振り付けたバージョンで、私は主役のオデット/オディールを踊ります。通常、ひとりのダンサーが、白鳥のオデットと黒鳥のオディールの2役を演じ分けるのですが、ヒューストン・バレエでは、さらに人間の乙女という役柄も演じます。
それぞれの役で、衣裳も表現の仕方も違います。美しい女性たちの群舞に加え、男性たちのダイナミックなグループダンスも見どころのひとつなので、ぜひご覧いただければうれしいです。ヒューストン・バレエが日本で公演を行うのは今回が初めて。バレエ団のメンバーは、「バケットリストのひとつが叶った」と言って来日を心待ちにしています。
加治屋 私は、バレエに限ったことではなく、芸術鑑賞に正解はないと考えていて。あらすじは存在しますが、「私はこんな風に感じた」といった感じで、それぞれの解釈で楽しんでいただければと思います。あらすじを確認してから鑑賞してもいいし、あらすじに目を通さず、「この王子はきっとこんなことを言っているんだろうな」なんて、想像しながら観てもいいかと。それぞれ別の楽しみがあるはずです。
── バレエ鑑賞は、デートにも向きますか(笑)?
加治屋 すごくいいと思いますよ! バレエに誘ってくれる男性って素敵だと思います。お洒落をして劇場に行けることも、女性にとってはうれしいポイントかもしれません。舞台芸術は鑑賞したら終わりではなく、終演後には食事をしながら感想を伝え合うという楽しい時間も待っていますし。
加治屋 私は“歳を重ねる”ことにネガティブなイメージがありません。自分より知識や経験のある方とお話させていただくと、とても刺激を受けます。
バレリーナという仕事においても、若い頃はただがむしゃらでしたが、年齢を重ね、舞台経験や人生経験を積んだことで表現に深みが出てきて、お客様とのつながりがより密になったと自負しています。
── では、そんな加治屋さんの今後の展望を教えてください。
加治屋 コロナ禍で閉じていた劇場もようやく再開しました。現役のダンサーとして踊りながら、自身の得た経験と知識を次世代に繋げるといったことを続けていきたいです。現役で踊っている今の自分にしか伝えられないことは確実に存在しますから。
● 加治屋百合子(かじや・ゆりこ)
愛知県生まれ。8歳からバレエを習い始め、10歳の時、上海国立舞踊学校に留学。留学中の15歳の時に、ローザンヌ国際バレエコンクールに出場しローザンヌ賞を受賞。その副賞でカナダ国立バレエ学校に1年間留学。2001年、アメリカを代表するニューヨーク拠点のバレエ団アメリカン・バレエ・シアター(ABT)の研修生となり、翌2001年に入団。2007年にソリストとなる。2014年7月にアメリカ5大カンパニーのひとつヒューストン・バレエ団に移籍し、同年11月にプリンシパルに昇格。2020年にコロナの影響によりバレエ団が一時休止すると、日本人アーティストを支援する活動を立ち上げ、収益金の全額を寄付した。2021年には芸術各分野において優れた業績を挙げた人に与えられる芸術選奨文部科学大臣賞(舞踊部門)を受賞。現役のダンサーとして踊る傍ら、国内外の公演に客演、また、ワークショップの講師としても活躍している。
ヒューストン・バレエ『白鳥の湖』
日程(全4公演)/2022年10月29(土)12:00開演(ベッケイン・シスク&チェイス・オコーネル)、10月29(土)17:00開演(加治屋百合子&コナー・ウォルシュ)、10月30日(日)12:00開演(サラ・レイン&吉山シャール ルイ・アンドレ)、10月30日(日)17:00開演(加治屋百合子&コナー・ウォルシュ)
会場/東京文化会館 大ホール
振付/スタントン・ウェルチ
チケット価格/SS席2万5000円、S席2万2000円、A席1万8000円、B席1万5000円、C席1万1000円、D席7000円、U-25 4000円(開催日時点で満25歳以下が対象。各公演先着50枚限定)
HP/https://www.koransha.com/ballet/houston/
お問い合わせ/光藍社チケットセンター 050-3776-6184(12:00~16:00/土日祝休み)
『白鳥の湖』は、湖のシーンの女性による白鳥の群舞がよく知られているが、2006年に発表されたスタントン・ウェルチ版は、第1幕の男性によるダイナミックな群舞や民族舞踊も大きな見せ場となっている。また、多くのバージョンでは、白鳥=オデット姫は白鳥として王子と初めて出会う設定だが、ウェルチ版では、最初にオデットは人間の女性として王子と出会うのも特徴的だ。白鳥役は、場面によってはドレスを身につけ、場面によってはチュチュ姿で舞う。わかりやすいストーリー展開で、初めてバレエを鑑賞する方にもおすすめ。
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