2023.08.12
横浜流星「父は絵に描いたような“漢(オトコ)”。父のようになりたいです」
中学時代は極真空手の世界王者にも輝いたという横浜流星さんが、プロボクサー役に挑戦した映画『春に散る』が公開されます。完成したボクシングシーンはプロも納得する本格的なもの。横浜さんは極限まで体を作り、技を磨いて挑みました。横浜さんをそこまで熱く本気にさせたものとは?
- CREDIT :
文/浜野雪江 写真/トヨダリョウ スタイリング/伊藤省吾(sitor) ヘアメイク/永瀬多壱(Vanites) 編集/森本 泉(LEON.JP)
そんな横浜さんが、沢木耕太郎の小説を映画化した『春に散る』(8月25日公開)で佐藤浩市さんとW主演し、若きボクサー・黒木翔吾役を熱演。不公平な判定で負け、現役を退いた元ボクサーの仁一(佐藤)と、同じく不公平な判定負けに怒り、一度はボクサーを辞めた翔吾が出会い、二人三脚でやがて世界チャンピオンを目指すという物語です。
実は横浜さんは、中学時代に極真空手で世界王者に輝いた経歴の持ち主。今回の映画でも、本物のボクサーさながらのトレーニングを行い、撮影終了後には、実際にボクシングのプロテスト(C級ライセンス)に合格。なぜそこまで自分を追い込むことができるのでしょうか。作品の魅力とともに伺いました。
自分はこの業界にいなかったら格闘家を目指していた
横浜流星さん(以下、横浜) 脚本を読んで、共に過去に不公平な判定負けを経験した仁一と翔吾が、互いと出会ったことで奮起して、再挑戦していく姿に僕自身が背中を押されたのと、翔吾が心から発する「今しかねえ」という言葉や行動に共感できるところが多く、この役に縁を感じたからです。
プラス、自分はこの業界にいなかったら格闘家を目指していたと思うので、その“もう1つの夢”を、この仕事を通して叶えられる喜びがすごく大きくて引き受けました。もちろん、生半可な気持ちではやれないし、かなりの覚悟が必要だというのは、脚本を読んだ時点で感じていました。
横浜 翔吾の“今を生きている感じ”は、自分も生きていく上でとても大切にしていること。だから、翔吾の行動が他人事とは思えず、自分事のように感じられたのかもしれません。
ただ、翔吾と自分では思いの表現の仕方が違う。僕は感情表現がそれほど豊かではないので、彼のように思ったことをすぐ言葉にしたり、行動で示したりできるほうではないんです。あのストレートでオープンな感じは翔吾の良さでもあるので大事にしつつ、とにかく翔吾の芯がブレないように、今を全力で、翔吾として生きることが一番大事だなと思っていました。
── 今回の役柄で一番苦労したところは?
横浜 やはりボクシングシーンです。僕はずっと空手をやっていたぶん、格闘技の型みたいなものは体に染みついていて、形だけでそれらしく見せることはいくらでもできたと思うんです。でも、そうはしたくなかった。
それで、撮影に入る8カ月前から練習を始め、ボクシング指導の松浦慎一郎さんにも、「今までにないボクシングシーンにしたい。プロの方が見ても納得できるようなものにしてほしい」とお伝えして、本当に難しいもの(プログラム)を作っていただいて。自分も、言ったからには責任を持って乗り越えようと必死で練習しました。
撮影が始まってからは、本気でやるという覚悟と、今までのボクシング映画とは違うという証明のひとつとして、プロテストを受けようと思うようになりました。格闘家へのリスペクトや、格闘技界を少しでも盛り上げられたらという思いなどがすべて重なっての挑戦でしたが、やはり僕自身、この作品を通して1歩を踏み出す勇気をもらえたのだと思います。
佐藤(浩市)さんからは背中を見て学んでくれという空気を感じた
横浜 浩市さんは、撮影が始まるずっと前からボクシングの練習に付き合ってくださって、話さずとも感じられるものが多々ありました。その時点で、「撮影では浩市さんの胸に飛び込むつもりでぶつかっていきたい」と思えたのは大きかったです。
現場では、たわいのない雑談から役のことまで、いろいろとお話しさせてもらって。現場でのあり方などは、背中を見て学んでくれという空気を感じたので、浩市さんとのシーンの時は常にその姿を目で追って、吸収できることはすべて吸収しようという気持ちでいました。
── 大先輩との共演から新たに学んだことは?
横浜 浩市さんは本当に視野が広く、いろんな視点で物事を考えていらっしゃる方で、現場の士気をあげるために常に声を上げているし、1つのシーンを作る時も、仁一の目線と翔吾の目線、お客さんの目線というふうにすべての目線で見て、「じゃあ、こういうシーンにしようか」と提案してくださる。
自分はまだまだ翔吾の目線でしか見られていないので、ただただすごいなぁと……。でも、それを浩市さんに話したら、「それでいいんだ」と言ってくださったので、その言葉を信じて、今はまだ若いし(笑)、そのまま突っ走っていこうかなと。そして突っ走る過程で、自分も少しずつ視野を広げて、浩市さんの年齢に近づいた時に、そういうものの考え方ができるようになれていればいいなと思っています。
人生一度きりだし、後悔したくないという思いが一番にある
横浜 僕は一度触れたら突き詰めたくなる性格ですし、役を演じる時に、自分が本当にその役の気持ちになりたい、少しでもリアルを求めたいという気持ちが強いんです。そこで挑戦したことは、芝居に限らず、これから生きていくうえでも必ず活きると思っています。
もちろん、それをやることで自分にかかる負荷は増えますけど、そっちの方が楽しい。自分も翔吾と同じで、人生一度きりだし、後悔したくないというのが一番にあるので、選べる道がある時は、より厳しいほうに進むようにしています。
── ハードな道を行く方が楽しいというのは、10代の頃に空手で掴んだ実感ですか?
横浜 そうですね……。あの時経験した空手の練習よりきついことはないと思えるし、苦しい道を行った方が得られるものも多いです。今、自分がしている俳優業は挑戦をたくさんさせてもらえる仕事で、そんな仕事をやらせてもらえているのに、挑戦しないで、厳しい道を行かないでどうするんだ!? という気持ちもあります。
一度きりの人生、後悔したくないし、日々進化していくためには、安穏とした日々より刺激的な毎日を過ごす方がいいのかなと思います。
横浜 幼少期から今に至るまでの自分を、根底のところで組み立て、支えてくれたのは空手です。そしてその大切な空手を手放して選んだのが芝居の道です。やはり何かを得るためには、何かを失わないといけない。だからこそこの仕事は、自分で選んだ責任と覚悟を持って、後悔のないようにやりたい。そんな思いがあります。
── 空手と芝居、どちらが上ということでは決してないと思いますが、「自分はこっちだ」と決めるに至った、俳優業の一番の魅力はなんですか?
横浜 空手は勝負なので、優勝、準優勝というふうに、明確な試合結果が残ります。僕も空手をやっていた頃は、勝ち負けがはっきりしている方が好きでしたが、16歳から演技を始めて、この世界で生きていく中で、芝居という“答えのないもの”を常に追い求めることができるのはすごく楽しいと思えたんです。
横浜 はい。常に向上心を持って、上を目指したいという自分の気持ちにも合っていたというか。それに、格闘技と芝居は通ずるところがあって。たとえば、翔吾が挑む試合を見ても、リング上での煽り合いからすでに駆け引きが始まっていて、相手がこう来たなら自分はこう返す、というところは芝居のキャッチボールに似ています。
格闘技も芝居も、相手がいるから成り立って、それまでの準備や背景には各々のストーリーがあります。そして、リングでは2人にしか分かち合えないものがあり、それがどんなに過酷でも、戦いが終われば称え合い、みんなが心を動かされる。格闘技も芝居も人間ドラマであり、ひとつのショーだなというふうに自分は感じているし、厳しさを恐れずに立ち向かう状況に、男として燃える部分があります。
周囲の環境がどれだけ変わっても、自分は変わらないでいようと思った
横浜 戦隊ものを終えた時なので、高校2年生ぐらいでしょうか。同世代の役者さんが集まる戦隊ものの現場は学校のような感覚で、そこに1年間通う中で、芝居の楽しさや、作品作りのおもしろさに触れることができました。
それまでは、空手は個人競技なのでずっと孤独で、1人で闘ってきたようなところがあったぶん、みんなでやるモノ作りの楽しさが響いたのかもしれないです。進路選択の時期には、大学に進学するか、空手の道に行くか、役者の仕事で生きていくか迷いましたが、今、楽しいと思えるのも、自分にとって一番厳しいのも役者の仕事だなと思いました。険しい道になるだろうけど、やりがいがあるなと思えたんです。
結果、その答えを信じてこの世界に飛び込んだんですけど……1年ぐらいは仕事がなかったです(笑)。さすがに、あれ!? あの時に出した答えはあっていたのかな……と不安になりましたけど、その時も腐らずにいられたから今があるのかなと思います。
横浜 地に足付けること、ですかね。それまで僕は、女性の方に「キャ~♡」なんて言われた経験もなかったし、急激に世の中に知られて熱烈に支持してもらっても、「おお、すごいな……」という驚きの方が大きくて。むしろ、周囲の環境がどれだけ変わっても、自分は変わらないでいようと思ったし、この状況におごらず、目の前のことを1つひとつやっていこうというふうに思いました。
── 先ほど、経験を重ねる中で広い視野を養いたいというお話がありましたが、10年後、20年後に、こんな俳優になっていたいというイメージはありますか?
横浜 型にハマりすぎないようになれたらなと思います。ジャンルを問わず、幅広い作品で演じていきたいです。
横浜 今は大河(2025年NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」の主役・蔦屋重三郎)の役でいっぱいいっぱいですけど、僕はコメディの経験がないのでやってみたいし、いろいろ挑戦したいです。「はじ恋」のあと、恋愛ものに寄り添ってばかりでは役者としての幅が狭まってしまう気がしていましたが、自分を広く知ってもらえたきっかけは甘い恋愛ものなので、あの時は若い恋愛だったけど、今度はちょっと大人になった姿で、またその甘い世界に(笑)帰ってこられたらなと思っています。
ずっと学んできたので、父のような人になれたらと思う
横浜 仕上がった映画を見た時は、時間を忘れて入り込めたし、ボクシングシーンなどは特に満足のいくものになりました。見てくださる方は、翔吾のことだけでなく、対戦相手の中西(窪田正孝)のことも応援したくなると思うので、自由な感情で2人を見守ってもらえたら。そして仁一さんと翔吾は、果たして命がけのリベンジを達成できるのか!? というのも楽しみにしていただけたらと思います。
── 最後に、LEON.JP恒例の質問です。横浜さんが「こんなふうになりたい」と思うカッコいい大人像とは?
横浜 僕の父は大工で、まさに“背中で語る”を地で行く、絵に描いたような“漢(オトコ)”です。男はこうであるべきだ、みたいなものを、僕はずっと父から学んできているので、父のような人になれたらなと思います。
横浜 正月は毎年、実家に帰りますけど、会話はもうホントにないです。でもこれまでは、僕が出た映画やドラマも全然見てくれなかったのが、最近ようやく見てくれるようになって、舞台(『巌流島』)も見に来てくれたので、うれしいなぁと思って。「ああ、よかったよ」しか言わないですけど。でも、「よかったよ」と言ってもらえるということは、ちょっとは認めてくれているのかなと思います。
── 大人になって、自分の親父がカッコいいと言えるって素敵ですね。
横浜 でも仲のいい親子もいいなと思います。一緒にお酒を飲んだりとか。できないんですよねぇ……自分は。いまだに緊張しちゃいます(笑)。
● 横浜流星(よこはま・りゅうせい)
1996年9月16日生まれ、神奈川県出身。2011年俳優デビュー。2019年に第43回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。最近の出演作には『きみの瞳が問いかけている』(20)、『あなたの番です劇場版』『DIVOC-12/名もなき一篇・アンナ』(21)、『嘘喰い』『アキラとあきら』『線は、僕を描く』(22)などがある。『流浪の月』(22)では、第46回日本アカデミー賞優秀助演男優賞受賞。「私たちはどうかしている」(20/NTV)、「着飾る恋には理由があって」(21/TBS)、「DCU」(22/TBS)、「新聞記者」(22/Netflix)などのドラマにも出演。2025年NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)〜」の主演が決定している。
『春に散る』
40年ぶりに故郷の地を踏んだ、元ボクサーの広岡仁一(佐藤浩市)。引退を決めたアメリカで事業を興し成功を収めたが、不完全燃焼の心を抱えて突然帰国したのだ。かつて所属したジムを訪れ、今は亡き父から会長の座を継いだ令子(山口智子)に挨拶した広岡は、今はすっかり落ちぶれたという二人の仲間に会いに行く。そんな広岡の前に不公平な判定負けに怒り、一度はボクシングをやめた黒木翔吾(横浜流星)が現れ、広岡の指導を受けたいと懇願する。そこへ広岡の姪の佳菜子(橋本環奈)も加わり不思議な共同生活が始まった。やがて翔吾をチャンピオンにするという広岡の情熱は、翔吾はもちろん一度は夢を諦めた周りの人々を巻き込んでいく——。
原作/沢木耕太郎 監督/瀬々敬久
8月25日(金)全国ロードショー
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