2024.06.02
3つ星小林 圭シェフと「とらや」による“美食の研究所”が目指すのは?
パリで3つ星を獲得した小林圭シェフが老舗和菓子店の「とらや」と組んで、改装したばかりの虎屋銀座ビル11階に「ESPRIT C. KEI GINZA」(エスプリ・セー・ケイ・ギンザ)をオープン。小林シェフにお店のコンセプトや料理、そしてオープンが続くKEIブランドの戦略についても伺いました。
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文/安田薫子 写真/内田裕介(タイズブリック)、後藤武浩(店内写真) 編集/森本 泉(Web LEON)
美食の果てに集う研究所のようなレストランを銀座に
小林 圭シェフ(以下、小林) 2021年に「とらや」さんとタッグを組んで御殿場に「Maison KEI(メゾンケイ)」をオープンしました。そして「メゾンケイ」がうまくいったら次のプロジェクトをやろうと黒川光晴社長と話していたんです。それで、虎屋銀座ビルを建て直す際に、何かできたらいいよねと。以前から銀座に憧れを持っていたので、この場所で何かできるんだったらやってみたいと思っていました。
小林 素材をおいしく食べる店です。「美食の研究所」を作りたいなと。なので、いい素材を厳選して集めて、シンプルにおいしく食べていただきたいと考えています。(北大路魯山人の)「美食倶楽部」までにはならないかもしれないですが、そのくらいのイメージです。
この空間全体が“研究所”です。客席も厨房の一部で、「厨房の中で食べてください」というコンセプト。自分は景色は要らないと思っているんです。区切られた空間で天井を低くして会話だけ聞こえる環境の方がおいしさを感じられるんですね。料理を厨房で作って、良し! と決めたら、どうぞ! とすぐお出ししたい。
ですから天井もギリギリまで下げて、厨房はギリギリまでオープンにして。そうすると厨房のカチカチいう作業音が響いてしまうので、中にスピーカーを足してもらって消音するように特別な工夫をしてもらいました。
── 素材への取り組み方が大切なのでしょうか。
小林 ここのシェフにはとても難しいものが求められる。最高級じゃなくて最高の素材を集めよう、それをどうやっておいしくできるのか考えようよというものです。値段を度外視とは言いませんが、最高の食材をとにかく集めます。
寿司店に行くと、「今日はどこ産のものを仕入れました」というようなことを言われますよね。この店ではそのようにその日の最高の食材を食べてもらいたいんです。普段自分が行きたい店を作りたかったんです。
蒸しながらグリエかけるものとか、炭火焼きもできますし、ピザ窯も中華鍋もあるし、こだわった設備がすべて揃っています。
小林 こだわっていないというか、自分、フレンチしか作れないじゃないですか(笑)。そこから始まっていますから、どうしてもフレンチの料理が多くなりますが、和があってもいいし、フレンチよりおいしい和ができれば、それは出すべきだと言っています。ここは「美食の研究所」なので、フレンチにこだわらず、自由な発想で、おいしいものを提供していきたいと思っています。
── その日の素材だと、料理の方法はどのように決めるんですか?
小林 素材へのアプローチをどうするかです。今日この素材が入りました。ではそれをどうするか。素材の生命をどう返していくかということです。最初のうちは、自分がOKしたメニューの中から作ってもらって、あとは彼ら(料理人)の成長を見ながらどんどん変えていくということになると思います。
── 現場を預かるシェフについて教えてください。
小林 杉本昌久がこの店の料理長を務めます。御殿場の「メゾンケイ」開店当初からスーシェフを務めていて、自分と3年以上一緒にやってきていますし、パリの「レストランケイ」で約半年間、一緒にメニュー開発を行なっていましたから、素材へのアプローチの仕方はわかったうえでこの店に来ています。
ある程度、現場の彼らに任せた方が成長に繋がるんですよね。やっぱり、責任感をもつと思うんです。あまり自分が入りすぎるとよくない。いやいやあなたたちのレストランだからねと。
小林 チームワークですね。それとホスピタリティ。ホスピタリティを顧客のためにと思っていたらそこで失敗だと思っています。まずは自分のスタッフ、自分に近い人のためにどこまでホスピテリティと信頼関係を作っていけるか。うちは全員野球で補欠はいないですから。まず自分の近くにいるスタッフへのホスピタリティを考えようよと。それでチーム内に信頼関係が生まれてはじめて、お客様にもホスピタリティが出せるんです。そういうことは言いますね。
小林 自分がいなくても、お客様が「ああ、美味しい」と思ってくれることが重要。
── そこはお客様?
小林 そう、そこはお客様。あとは、塩気には気をつけようねと言っています。疲れている時とか、味がブレやすいんです。あとは、おいしければいいんじゃないかと。でも、まずいもの作ったら許さないと言っていますけど。
生産者や市場との信頼関係を築いて最上の素材を供給してもらう
小林 パリがそうであるように東京はいい素材が集まりやすいですね。生産者から直接仕入れられるし、市場にもいいものがあるわけじゃないですか。でも、その中でどれだけ信頼関係を作っていけるかだと思うんです。一回だけいいもの仕入れるのだと意味がありません。どれだけ信頼関係を作って、常に一番いいものを売ってもらうかというのが重要なので、それがなければダメだよねと言っています。
仕入れは生産者さんと市場と両方からします。生産者から直送だけに特化しちゃうと、例えば台風が来たりすると、今日は素材がない、ということも起きてしまう。急遽、豊洲に行きますとなった時に、一番いいものが買えるかというと違いますよね。ちゃんとコミュニケーションをとって、いつもある程度の仕入れをして、お互いに生活を支えないと。やっぱり生活を支えてくれる相手には優先的にしたいと思うじゃないですか、自分たちも。そこは気をつけようと言っています。
小林 銀座だからとか、「レストランケイ」の派生だからとか、絶対思わないようにとスタッフにいつも言っています。それは全部取り去って、自分たちの力でやって、お客様が呼べるか呼べないかだけ。銀座だから、この値段でいいかと思っていたら失敗する。そこに対してはめちゃくちゃシビアです。
小林 そうですね、お客様に区別はつけませんが、何かおいしいものが食べたいねと思っている方達に来ていただきたいですね。
高級なことをやり尽くした人が最後に辿り着く場所ですかね。高級ホテルに泊まったとか最高の接待を受けましたとかの経験を経た人は最終的にシンプルに戻るそうなんです。でも、シンプルの中にプロフェッショナルを求める人たち。やっぱり、ここが最後に食べたいところだよねというふうに考えていただける店になっていくのがいいと思っています。「教えたくない店」みたいな。こちらは教えてもらわないと困りますけど。
小林 やっぱり来ていただきたいですよね。だからこそ、12階のバーと屋上に日本庭園を作ったんです。銀座のお店の屋上に日本庭園を作ろうと思う日本人は少ないと思うんです。普通はちょっとダサいと思うだろうし(笑)。でも、自分はフランスに行って20年以上経っているので、周りのフランス人たちから金閣寺とか直島を見に行ってよかったよとかよく言われるんですが、時間のない人は2日くらいしか東京にいないんですよね。
そういう時でも日本を感じてもらいたいなと。それも銀座のど真ん中で中央通りに面していて、日本庭園があるというのは珍しいじゃないですか。そういう中に、500年の歴史を持つ老舗の「とらや」があって、次の世代、未来に向かっている「とらや」の歴史の中に入っていければいいなと考えています。
リュクスを軸にして、さまざまなラインを持つブランドを作りたい
小林 棲み分けをしています。自分はブランドを作りたいんです。ファッションブランドを見ると、メンズ、レディス、香水、化粧品、全部が揃っていないとブランドにならないですよね。なので、今はそういうものをブランドとして形にしていく、でもあくまでリュクスを外れないようにしながらやりたいと思っています。
あくまでブランドを作りたいから、世界に向けての1号店という位置付けで、PARISをつけました。逆に、隠れ家のような佇まいの「ESPRIT C. KEI GINZA」は美食の研究所。一人でも二人でもいいし、おいしいものを食べる人が集う。
ザ・リッツ・カールトン東京の「Héritage by Kei Kobayashi(エリタージュ バイ ケイ コバヤシ)」はフランス料理に感謝を捧げています。フランス料理があるから、今のシェフ小林 圭がいる。リッツは元々、フランス料理の父と呼ばれるエスコフィエがいた。だから、リッツカールトンでフランス料理の伝統をつなげていきたい。
昔、日本には伝統的なフランス料理店がたくさんありましたが、今はどんどんなくなってきている。だからこそ、次の世代にフランス料理をつなげていきたいんです。
「Maison KEI(メゾンケイ)」は“大地の料理”がテーマです。生産地が近い静岡・御殿場だからこそ叶う、地元の食材を使った料理です。パリの「Restaurant KEI(レストランケイ)」は普段自分がいる場所ですから、“オートクチュール”であり、自分の世界観を表しています。
「エルメス」にはバーキンがありますが、一つのバッグを一人の職人が時間をかけて作り上げる。それにエルメスだからあのレザーが使える。だから、自分もKEIだからこれができるというものを作っていきたい。
他に、一つのテーマとして、給食や病院食を一回はやってみたいと思っています。地域活性化は、「Maison KEI(メゾンケイ)」である程度叶いました。自分がやれることといえば料理しかない。そこで何か社会貢献できるならやりたい。
頂点を目指したい。満足したら料理をやめます
小林 最近、仕事以外の時間がないですね。でも、いい出会いがあった時ですかね。出会いがいちばん必要で、それを成長に持っていく。あとファッションも時計も好きですし、そういうのを見ている時はワクワクしますね。
── 転機はどういう時でしたか?
小林 転機はないですね。転機があったらむしろダメなんじゃないですかね。フランス料理も含めてもっとできるようになりたいと思っています。まだ負けていると思っています。フランス料理を含めて自分よりできる人いっぱいいますよ。だからこそ、頂点を目指したい。満足したら料理をやめますね。とにかく負けず嫌いです。
── 精神的にアスリートみたいですね。
小林 そういうふうにならないとダメですね。厨房は戦場ですから。
● 小林 圭(こばやし・けい)
長野県生まれ。長野や東京、アルザス、南仏の有名店を経て、アラン・デュカスのレストラン「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で7年間勤務し、スーシェフまで務める。独立後、2011年「Restaurant KEI(レストランケイ)」を開店。次々ミシュランの星を獲得し、2020年ついにアジア人としては初の3つ星をパリで獲得。
■ ESPRIT C. KEI GINZA(エスプリ・セー・ケイ・ギンザ)
今年4月、虎屋銀座ビルの11階に、レストラン「ESPRIT C. KEI GINZA (エスプリ・セー・ケイ・ギンザ)」がオープン。これは、御殿場のレストラン、「Maison KEI(メゾンケイ)」に続く小林 圭シェフと和菓子の老舗、「とらや」がタッグを組んだ2店舗目のレストラン。店名にあるC.は、cuisine(料理、厨房)、creation (創造性)を指す。コンセプトは、「美食の研究所」。ホールの中心にオープンキッチンを構え、アラカルトで料理を供する。その日、一番の旬の素材を揃え、もっともおいしいと料理人が考えたやり方で料理される。単なるフランス料理という枠を超えた、自由な発想でおいしさを追求する研究室。
住所/東京都中央区銀座7-8-17 虎屋銀座ビル11階
HP/www.maisonkei.jp/esprit_c
■ ST LOUIS BAR by KEI (サンルイ・バー・バイ・ケイ)
洗練の内装とクリスタルの輝きに目がくらむ贅沢なバー
虎屋銀座ビル最上階の12階に誕生したのが、「ST LOUIS BAR by KEI (サンルイ・バー・バイ・ケイ)」。1586年創業のクリスタルの老舗サンルイと小林圭シェフがコラボした新しいバーだ。小林シェフがクリエートした料理とデザートが楽しめる。見事なのは日本固有の自然の素材をふんだんに使ったインテリア。客席があるカウンターは、2000年ほど地中に埋まっていて半化石化した神代杉を、バーテンダーやパティシエが作業をする奥のカウンターは宮城県産の伊達冠石を使用した。天井は手漉き和紙、壁は硬いところは残し、柔らかいところはそぎ落として表情をつける浮造りの杉材を施した。内装の素材によって和の雰囲気を感じさせる一方で、煌めきを与えるグラスやシャンデリアはもちろんサンルイ。美しいファセットのグラスでオリジナルのカクテルを楽しめる。日本の自然とクリスタルの煌めきが織りなす空間で、時が経つのを忘れて過ごしたい。
住所/東京都中央区銀座7-8-17 虎屋銀座ビル12階
営業時間/17時30分〜23時30分(L.O.料理22時30分、ドリンク23時)
定休日/日・月曜日
HP/www.maisonkei.jp/st-louisbar