2024.11.23
宮沢氷魚が村上春樹作品で感じたこと「無意識で人を傷つける瞬間はある。それでも自分らしく」
俳優の宮沢氷魚さんがAmazonオーディブルによる小説の朗読に初挑戦。村上春樹氏の人気作品『国境の南、太陽の西』を収録しました。声だけの世界で演じることに感じた難しさとおもしろさ、そして村上作品の魅力とは?
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文/牛丸由紀子 写真/グレイ・ジェームズ スタイリング/庄将司 ヘアメイク/森上マリコ 編集/森本 泉(Web LEON)
村上作品が持つ言葉の重みや豊かさを、改めて理解した
宮沢氷魚さん(以下、宮沢) 以前『ノルウェイの森』と『海辺のカフカ』を読んだのですが、当時まだ中学生ぐらいで、内容が難しく正直、理解できない部分もありました。ただ今回久しぶりに村上春樹作品を読んで、村上さんの言葉の重みというか、その豊かさを改めて理解できた気がします。作品の素晴らしさを感じながら、時を経て今やっと理解できるようになった自分がいることを認識して、僕もちょっと成長したのかなと(笑)
宮沢 いや難しかったですね。確かに言葉あってのお芝居ですけれど、映像や舞台は言葉と同時に表情だったり、音楽や背景などの表現を助けてくれる環境が整っている。そういったいろいろなものに助けられて表現しているものだと思うんです。でも今回は本当に自分の声だけ。すごくシンプルだからこそ、嘘もばれてしまう。うまくやろうとしても見透かされてしまうので、今の自分ができる最大限の表現をしようという意識で挑みました。
宮沢 もう本当に錚々たる方々が、やっていらっしゃいますよね。僕も事前にいろんな作品を聞きましたが、皆さんそれぞれ個性がありますし、言葉から、もう真実性が伝わってくるような重みもあって。でもだからと言って、僕が負けじとうまくやろうとすると絶対空回りすると思って(笑)。だから無理に背伸びをせず、今の自分の等身大の状態で一番いいパフォーマンスをしようと思いました。
「無意識で人を傷つける瞬間はある」という主人公の言葉に共感した
宮沢 僕自身もこの作品を撮り始める直前に30になったので、自分の今いる人生の立ち位置と登場人物である始の立ち位置のわかり合えるところを見つけながら、その繋がりを信じて読んでいました。
お話としてはなかなか過激なところもあって、共感しがたいところもありました(笑)。でも自分もそうですが、30年生きてきて誰も傷つけずにきたかと言ったらそんなことなくて。始が作品の中で言う「無意識で人を傷つける瞬間はある」ということは、本当にその通りだなと思います。
彼はそういうことから逃げずに、傷つけてしまうとわかっているけども、僕はこういう人間なんだと嘘をつかずに自分の気持ちをそのまま出して、人間の弱さや醜さの中にある幸せや喜びを表現する。もちろん、それはどうなの? と思うこともありますが(笑)。でも、自分の気持ちのままにというところは少しいいなというか、自分ももっと素直になれたらと思うきっかけを与えてくれる作品でした。
宮沢 確かに僕が生まれる前の作品でその時代は知らないですけど、恋愛という意味ではあんまり変わらない気がするんです。日本文学の過去をさかのぼっても、やっぱりリスクがあるからこそ飛び込んでみたいとか、やってはいけないことに快感を覚えてしまうとか。いつの時代もそういう片鱗ってずっとあるので、テーマは変わらないと感じています。
僕はあくまでもストーリーテラー。聞く人の想像力を引き出す表現に
宮沢 ありがとうございます! 始める前にもうめちゃくちゃ練習したんです。とにかく朗読自体初めてで、どういう録り方をするかもわからなくて。原稿をプリントした紙の大きさや印刷する文字の大きさを変えたり、いろいろ試行錯誤したんです。でも大きな紙や文字にすると目で追う距離も大きくなるので、目と首が疲れてしまって。結局A4サイズに落ち着きました(笑)。
宮沢 とにかく淡々と物語を進めていくようにしていました。主人公があまり喜怒哀楽を激しく表現しない人だということもあったのですが、流れる声に肉付けというか色を加えていくのは聞いている方々だと思うんです。
僕はあくまでもストーリーテラーとして言葉を伝えていく役目。登場人物のセリフも読む方が役になりすぎちゃうと、聞いている方はもうその人物でしかなくなってしまう。それよりもこの主人公はどういう人なんだろう、どんな顔をしているんだろうと、聞いている方がどんどん自分の想像力を働かせてほしいと思ったので、自分の表現を押し付けないように心がけました。
宮沢 違いましたね。声優の時は、逆に絵に負けないくらいの感情を込めるんです。それこそ息遣いとかも、普通のお芝居より1.5倍ぐらい出さなきゃいけない。でも今回は、本当にもう呼吸するかのように言葉を出す感じでしたね。もちろん聴き流されてはいけないので言葉は立っているのですが、押し付けず言葉を提供していくという感じです。
宮沢 実は学生時代、本を読んでレポートを書くという課題が多い学校だったので、かなり本を読んでいました。とはいえ最近は時間が取れず、全然読めていないのが正直なところ。ニュースでも書店がどんどん無くなったり、年間の読書数も過去最低に陥っているという話もありますよね。だからそんなタイミングで今回このAudibleのお仕事に関わることができたのは、自分自身もっと本を読みたいという気持ちになれるいい機会になったと思っているんです。
本をいざ読もうと思うとちょっとハードルが高くなりますが、イヤフォンやスピーカーにつないで何かしながら読めるというのはやっぱりいい。これから聴かれる方にも、言葉と触れ合う時間の魅力に気づいてもらえればうれしいですね。
朗読は自分の演技を成長させるきっかけになった
宮沢 実は今回のAudibleの仕事が、考えていた以上に自分を成長させたと感じているんです。Audibleと同時に他の映像作品のお仕事もしていましたが、台本を読んでいて言葉の届け方とか、この言葉をどういう気持ちで伝えようかみたいなことをすごく考えるようになったんですよね。
宮沢 やっぱり今までは動きなど勢いに頼っていた部分も、ちょっとあったんです。もちろん、ときにはそれも必要なのですが、そこにさらに言葉の重みを考えるようになりました。その意味を理解したうえで発する言葉と、ただ書いてあるものを読むだけの言葉って、やっぱり全然届き方が違うと思うんです。
Audibleは毎週録音があったのですが、読む時はいつも自分の声をヘッドフォンで聴きながら読むんです。喋りながら自分がどういう声の質をしているのかとか、少し気持ちを乗せるとどういうふうに聞こえるのかなど、ある意味自分を研究する時間にもなっていたんです。
失敗や恥ずかしい思いも経験することで、余裕ある大人になりたい
宮沢 やっぱり“余裕のある人”だと思います。昔は余裕のある人って、生まれつき自分に絶対的自信を持っている人なのかなと思っていたんです。でも心の余裕って、いいことも悪いことも、いろいろ経験をしているからなんじゃないかと。
すごくカッコ悪い瞬間も、気持ちがドンと落ちていた瞬間もある。そんないろんな自分を経て、多分どんな状況でもこうすれば何とかなるよという、自分が失敗から学んだ正解というか成功例を知っているからこその余裕なんじゃないかと思うんですよね。
僕はまだ……いやもう30歳なのかもしれないけど(笑)、今はとにかくいろいろ経験を積むべき時期だと思っています。たくさん失敗して、たくさん恥ずかしい思いをして。でもその経験によって10年後なのか20年後なのか、少しでも自分に自信を持った余裕のある人になりたいなと思います。
● 宮沢氷魚(みやざわ・ひお)
1994年4月24日生まれ、米国・カリフォルニア州サンフランシスコ出身。ドラマ『コウノドリ』第2シリーズ(17)で俳優デビュー。以後、ドラマ『偽装不倫』(19)、NHK連続テレビ小説『エール』(20)、映画『騙し絵の牙』(21)では日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。舞台『ピサロ』(22)他、話題作に出演。初主演映画『his』(20)では、数々の映画賞受賞。2022年NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』にレギュラー出演。2023年映画『エゴイスト』にて、アジア全域版アカデミー賞「第16回アジア・フィルム・アワード」(AFA)、毎日映画コンクール“助演男優賞”、日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎賞を受賞した。2024年1月期TBS日曜劇場『さよならマエストロ〜父と私のアパッシオナート〜』、映画『52ヘルツのクジラたち』に出演。今後は2025年放送予定NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』への出演も決定している。
Amazonオーディブル
『国境の南、太陽の西』
著者/村上春樹
ナレーター/宮沢氷魚
配信日/2024年11月15日
作品URL/ https://www.audible.co.jp/pd/B0DLL5GBBS
Audible公式URL/https://www.audible.co.jp