2025.02.24
快進撃の人、瀧内公美。「まだでしょ。まだ足りない。今からです!」
映画『火口のふたり』、『由宇子の天秤』などで注目を集めたと思ったら、今や映画やテレビでひっぱりだこの大人気。常に挑戦を続ける俳優、瀧内公美さんの新作映画『奇麗な、悪』は、なんと一人の女性が60分以上しゃべり続ける実験的な作品なのです。
- CREDIT :
文/浜野雪江 写真/グレイ・ジェームズ スタイリング/佐々木悠介 ヘアメイク/董氷 編集/森本 泉(Web LEON)
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TBSで放送中のサスペンスドラマ(「クジャクのダンス、誰が見た?」)では、重大事件を捜査する辣腕の検事に扮し、3月31日スタートのNHK連続テレビ小説「あんぱん」には、主人公(今田美桜さん)の前に立ちはだかる重要な役どころで朝ドラ初出演。
快進撃が続く瀧内さんが、2月21日公開の主演映画『奇麗な、悪』(奥山和由監督・脚本作品)で、一人語りで観客を虜にする実験的撮影に挑んでいます。
昨年は地元に帰った時、皆さんに「明子様」と呼ばれました
瀧内公美さん(以下、瀧内) 周りの反応の大きさは、今までと全然違いました。私はこれまでインディーズといわれる自主制作系の作品に多く参加してきましたので、単館系と呼ばれるミニシアターで映画を上映していただいていたんですね。
私の地元の富山にも、ミニシアターといわれる劇場さんがあるのですが、それほど多くはなくて。ですので、身近な人にも自分が今まで出演させていただいた作品を見てもらえないこともあったんです。
そうした中で昨年は、全国民が知っていると言っても過言ではない、大河ドラマに出させていただき、近所の方も喜んでくださいました。地元に帰ると皆さん、「公美ちゃん、公美ちゃん」と呼んでくださっていましたが、昨年帰った時はなぜか「明子様」と呼ばれまして(笑)。皆さんが大河ドラマを見てくださっているんだなと直にわかる反応でしたのでうれしかったですし、少しは親孝行ができたかなと思います。
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瀧内 以前は自分のメンタル的にも、この時期に取り組むのはこの作品だけにしようという形で進めていました。けれども、ありがたいことにオファーが増え、そうした中でコロナ禍に突入。2020年から2021年にかけて緊急事態宣言が出てステイホームを経験した後からは、スケジュールの皺寄せもあり、必然的に複数の仕事を同時進行で行うことが多くなりました。
瀧内 私、役に入り込むタイプではないので、そういう苦労はないんです。俳優さんによっては、役を演じている時期は撮影現場を離れても役が全然抜けないという方もいらっしゃると思うのですが、私の場合は一切なくて。いつも役を客観視して演じるタイプなので、切り替えについては考えたことはないかもしれません。
瀧内 それはやはり、「この役、瀧内さんにやってみてほしいです」と言ってもらえるのがうれしいですし、演じ終えた後に、「瀧内さんに任せてよかったです」と言われることが一番の喜びです。
ご一緒させてもらった皆さんが喜んでくださったり、今日も一日現場が楽しかったなぁと思ってもらえたら、それだけでしあわせです。
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この女性の話が本当か嘘かわからないところが面白かった
瀧内 一切なくて、ご挨拶もしたことがなかったです。奥山さんは映画大手の松竹を経て、大作や話題作を多く動かしてこられた方。一方の私はインディーズがメインで、メジャーな作品や大作にあまり触れてこなかったタイプの俳優なので(笑)交わることがなかったんです。
ですけれど、送られてきた脚本を読んで、これを作品としてどういう形にしていくのかがすごく気になったので、お受けするか否かは別として、1度お話を伺うことに。
私の中で奥山さんは、 (北野)武さんの映画3部作を手がけるなど、昭和の激動の時代を乗り越えてこられたプロデューサーというイメージがありますので、どんな方なのか、単純に、お会いしてお話ししてみたいという気持ちもありました。
瀧内 実は最初の脚本では、彼女が経験してきたことをインサートで描写するシーンや、お医者さんとの対話もあって、完全な1人芝居ではなかったんです。収まりがよくて見やすいのですが、その形だと彼女が話している内容がすべて事実のように見えて、それが果たして面白いのかな? と思ったんです。
私は、この女性の話していることが本当か嘘かわからないところに面白味を感じていましたし、それも含めて原作から感じた危うさみたいなものを表現したかった。
そこで、奥山さんとの対話の中で意見を求められた時に、そのインサートの描写や、お医者さんが実際に出てくる場面を一切なくす形でしたら、私自身としては面白みを感じられることをお話させてもらいました。
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瀧内 勇気がいる提案ではありましたが、奥山さんが「何でも意見を仰ってください」という姿勢でいてくださったので、遠慮せずにいま自分が感じていることを素直にお話させてもらいました。どうやって成立させていくんだろう、と感じるものほど未知数でワクワクするんですよね。そういう意味でも私、突飛な作品が好きなんです(笑)。
その後、改訂してくださった脚本は完全に1人の女が語るだけになっていて、もう本当にどうなるかわからない(笑)。不安はありましたが、トライアンドエラーをしておかないとまずいなという危機感を常に持っているので、たとえ少し失敗してもいいからやってみたいなと思いました。
テレビドラマの仕事が増えて、言葉を扱う鍛錬が必要と感じた
瀧内 そもそもやったことがないことに挑戦するのが大好きだからというのもありますが、加えて、自分は役者としての腕力がまったく備わっていないと痛感した時期だったからだと思います。というのも、それまで私が携わってきた映画は、言葉で語らず体(てい)で語るみたいな作品が多くて、セリフの数もそれほど多かったわけではないんです。
それが、テレビドラマに参加させていただくことが増え、“語る”という役割も大きくなり、今度は言葉を豊かに操ることに重きがおかれるようになった。今振り返ると、環境が変化する中で、言葉を扱うことに慣れていない自分に気づき、鍛錬が必要だと感じたのではないかと思います。
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瀧内 言葉でしか物語が進んでいかないですからね。私は1人芝居の経験がなかったので、自分の体もどうなっていくのかやってみるまでわからなかったのですが、作品への取り組みを通して得たものは本当に大きかったです。
セリフは原作小説の文体そのままで、その“口語ではない言葉”をどう自分の言葉にしていくか。難しかったけれど、言葉との距離感をどう測るか、言葉をどう操れるのか、そんなことを考えていくことは非常に豊かな経験でした。
瀧内 セリフを覚えることに関しては、普段の過程となんら変わりはなかったと思います。とにかくセリフ量が膨大なので、少しずつ体に入れていく作業を、およそ1年かけてやりました。その間、他の作品を並行する時期もありましたが、頭の片隅にはずっとこの作品があって、「あのエピソードは本当なのかな?」とか思いながら体に入れていく作業をやっていましたね。
1年かけて準備したものが、たった1日で終わる儚さ
瀧内 長回しで、1時間ほどある女性の語りをワンカットで撮影しました。その間、私はカメラの前でずっと喋り続けるわけで、映るもの限定でいうと周りの美術以外は自分しか助けてくれる人がいないので本当に鍛えられました。
最終的な映像は、通しで2回撮影したものを編集する形で仕上がっています。ただ、撮影自体は1日で終わってしまったんです。1年かけて準備させてもらったものが、たった1日で終わる儚さ……これはなかなかの衝撃でしたね。
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瀧内 何度も原作を読み込んで、脚本にある言葉を奥山さんと一緒に精査しながら削った以外は、終盤のあるシーンのポイントと、「小道具に触りたかったら触ってもいいですよ」というのを言われたぐらいで。「自由に、好きなようにやってください」と任せてくださいました。
しかし"自由"というハードルがめちゃくちゃ高くて、自由ほど難しいものはないなと。今までは、制限を設けられると「自由になりたい」と思っていましたが、制限がある中での自由がいかに楽かということがわかりましたし、自分でジャッジメントすることの難しさをよく知った作品でした。
瀧内 一切ないです。やはり監督ほど職人的気質や才能が求められるものはないので。私は職人タイプではありませんので、監督もプロデュースも絶対無理でしょうね。自分はあくまでも、好奇心の強い演じ手です(笑)。
瀧内 あるんじゃないでしょうか。人間の欲望ほど怖いものはないと言うけれど……誰しもが少なからず持っているものだと思います。
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瀧内 13年!? 本当に? え~っ、早いですね。
── デビュー当時から、今のように皆に求められる俳優になるご自分を想像していましたか?
瀧内 全然まだまだです、これからです、これから。まさに情念(笑)。
瀧内 カッコいい大人とは……多くを語らない人、です。3月28日に公開される『レイブンズ』(マーク・ギル監督作品/仏日西白合作)という映画で、浅野忠信さん演じる写真家の妻を演じていまして。
浅野さんは私がデビューしてからずっと憧れてきた大先輩で、まさに多くを語らない方でした。言葉が端的で。けれども、在り方だったり生き方がその精神を表している。カッコ良すぎましたね。そういう大人になりたいです。が、私みたいなタイプにはムリっ(笑)!
── 確かに、今日は熱く語っていただきました。
瀧内 えへへ、お恥ずかしいです。ここまできたらあるがままに、これからも突き進みます(笑)。
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● 瀧内公美(たきうち・くみ)
1989年10月21日生まれ、富山県出身。2012年映画デビュー。以降、多くの映画・TVドラマに出演し、2014年、内田英治監督『グレイトフルデッド』で映画初主演。その後も『日本で一番悪い奴ら』(15/白石和彌監督)などの話題作に出演。『彼女の人生は間違いじゃない』(17/廣木隆一監督)で主演。2019年公開の主演作『火口のふたり』(荒井晴彦監督)で、第41回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞・第93回キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞、2021年公開の主演作『由宇子の天秤』(春本雄二郎監督)で、第31回日本映画批評家大賞主演女優賞・第31回日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞など、国内外で多くの賞を受賞。近年の主な出演作に、TVドラマ「凪のお暇」(19)、KTV「大豆田とわ子と三人の元夫」(21)、NHK大河ドラマ「光る君へ」(24)など。現在、映画『敵』(吉田大八監督)が公開中。待機作に、映画『Ravens』(マーク・ギル監督/2025年3月公開予定)がある。
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■ 『奇麗な、悪』
芥川賞作家・中村文則の小説『銃』に収録された作品『火』を、北野武監督作品のプロデュースなどで知られる奥山和由が映画化。奥山本人が『RAMPO』以来30年ぶりの監督を務め脚本も担当。撮影は『鎌倉殿の13人』の戸田義久。主演は『火口のふたり』『由宇子の天秤』の瀧内公美。静かな一軒の洋館(実は精神科医院)を訪れた女性が、診察用の寝椅子でピエロの人形に向かいながら、自身の壮絶な半生を語っていく。本作は瀧内の60分以上にわたる一人芝居で構成される。映画の中で使用された印象的な絵画は、後藤又兵衛の「真実」という作品。また全編を彩るピエロの口笛は、口笛演奏家の加藤万里奈が担当。
2月21日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次公開
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