2024.12.01
よもやの会社名入りトラックで彼女とドライブデート。その時言われた意外なひと言とは?
今回は筆者が奥様と出会った頃のお話。付き合い始めの彼女を連れて宇都宮で行われるオートバイレースを見に行くことに。しかし足になるクルマがない! ようやく調達したのは友人の家の会社名入りトラックでした……。
- CREDIT :
文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第247回
よれよれのダットサントラックでデート!?
今回は、知り合って間もない頃の話だ。僕はまだオートバイしか持っておらず、必要な時は家のクルマを使わせてもらっていた。
当時のわが家のクルマはダットサン1000(210型)。日産が、英国のオースチン社と技術提携して開発したC型エンジン(OHV 988cc 34ps)を積んだモデルだ。
それに対して210型は、エンジンも軽快に回り、シャシー周りも進化し、性能も乗り心地も格段にレベルアップされていた。僕は結構気に入っていた。
でも、、彼女の家に乗って行くのは気が重かった。なにしろ、彼女の家のガレージには、シトロエン2CV、11CV、ビュイック 4ドアセダンが駐まっていたのだから、、。
なので、初めての時は、家から少し離れたところに駐めた。
そうしたら、彼女は、「どうして家まで乗ってこないの? ダットサン、いいじゃない。そんなことで恥ずかしがるなんて嫌いよ!」と、けっこう真剣に怒られた。
僕は怒られながら、うれしくなった。そして、以後は家の前に駐めるようになった。
たしか2度目の時か、、彼女の兄が出てきて、「おお、210ダットサンか。評判いいようだね。、、一回り運転させてもらっていいかな」と。
僕はもちろん「どうぞどうぞ、飛ばしていいですよ!」といって、キーを渡した。
なにか、気持ちがスッと軽くなった。そして「ありがとうございます! お兄さんに褒められてうれしいです!」と返した。
それから少しして、彼女とクルマで遠出をすることになった。宇都宮で開かれる全日本級のオートバイレースを見に行くためだった。
初めは1人でオートバイで行くつもりだったのだが、彼女に話すと「私も行きたい。連れて行って!」とせがまれ、そうすることに。
となると、オートバイでは行けない。以前にも触れたが、「女性は絶対乗せないこと。女性に怪我をさせたら大変だから」と父にきつく言われ、約束させられていたからだ。
で、兄にクルマを貸してほしいと頼んだのだが、その日は、兄にも外せない予定が入っていてダメ。
オートバイ仲間でクルマで行く奴はほんの僅か。その後席も、声をかけた時はすでに埋まっていた。
困って、「電車で宇都宮まで行って、会場までタクシーで行くのってどう?」と彼女に聞いたら、「できたらクルマで行きたいなぁ。その方がずっと楽しいもん、、」との返事。
僕だって気持ちは同じだ。そんなことを、オートバイ仲間でもとくに親しかった仲間に会った時話したら、、「トラックでもよかったら貸すよ」との思いがけない返事。
「でも、きれいじゃないし、会社名もドーンと入っているし、カッコ悪いよ。、、そんなのでもよければ、、」と、申し訳なさそうに付け加えた。
つまり「日曜日だったら、父親の会社のトラックが空いているから貸せるよ」ということ。また、彼の父親とも顔馴染みなので、「お前だったら、親父もすぐOKするよ」とも言ってくれた。
だから、運転にはすぐ馴染むだろう。心配はない。性能だって、そう悪くないはずだ。乗り心地だけは、ちょっと心配だったが、、。
でも、それよりもなによりも、、会社名の入った薄汚れたトラックで迎えに行ったら、彼女はどう思うだろうか、、。
「こんなの嫌!」とは口には出さないまでも、楽しみにしているデートが台無しになってしまいはしないか、、それが心配だった。
彼女には「トラックで行く」とは言っていなかった。言えなかったのだ。もしも「嫌!」と言われたらどうしようか、、そればかり考えていた。
当然、彼女の家族に見られるのも嫌だったので、家から離れたところに駐め、歩いて迎えに行った。その時の気分はもう最悪だった。
「わぁ、これで行くの! 面白そう!」とニコニコ顔。そして、「これ、誰のトラックなの?」、、と。
で、説明すると、「〇〇君のお父さんの会社のトラックなのね。今度彼に会ったら、お礼言わなきゃ。なにか奢ってあげて」といった調子なのだ。
僕はホッとして、うれしくなった。家ではあんな贅沢なクルマに乗っているのに、これから長時間乗るよれよれのトラックを前にうれしそうにしている彼女を見て、なにかとても幸せな気持ちになった。
走り出しても彼女は楽しそうだったし、うれしそうだった。乗り慣れたわが家のダットサン210とは、エンジンやシャシをはじめ、いろいろ共通点があったので、なんとなく落ち着けたのかもしれない。
でも、そうはいってもやはりトラック。乗り心地は硬いし、けっこうガタピシくる。なのに嫌がるような素振りなどまるで見せない。
持ってきたトランジスタラジオでFENを聴きながら、「アメリカって、、トラックでデートする人たち多いんですってね、、」とか、ニコニコして言っている。
「そうね、アメリカのトラックって、たしかにカッコいいわね。私もそうするかも! でも、たまに、こういうのに乗るのも楽しいじゃない!」、、とニコニコ顔は消えない。
どうみても、素直にそう感じて、素直に気持ちを口にしているとしか思えない。
ヨレヨレのトラックのデートで、彼女に不快な思いをさせてしまうかもしれない。もしかしたら、嫌われてしまうかもしれない、、。
トラックでしか行きようのないデートを決めてから、僕の頭には、ずっとそんな不安が渦巻いていた。何度もやめようかとも思った。
でも、宇都宮往復を彼女と2人きりで過ごせる誘惑は強かった。加えて、彼女にもオートバイレースを見せたかったし、「僕もこんなレースに出られるくらい速いんだよ」と自慢をしたかったのかもしれない。
国産乗用車が大半を占め、そのなかにチラホラ輸入車が混じっている感じ。トラックも少なくなかった。こんな駐車場を見て、少しホッとした。
彼女はオートバイレースが気に入ったようで、真剣に、ときに大はしゃぎで見ていた。終わった時、「楽しかったー‼ また連れてきてね‼」と、言われたのはうれしかった。
宇都宮から都心まで3時間半くらいかかったと思うが、帰りも楽しかった。彼女はまったく疲れていなかったようで、話は弾んだ。トラックデートの心配は杞憂に終わった。
、、とはいえ、この時がきっかけで、猛烈に自分のクルマがほしくなった。オートバイを手離してクルマに替える気持ちは一気に強くなり、すぐクルマ探しをはじめた。
そして手に入れたのが、タクシー上がり再生車のルノー 4CV。34万円は大金だったが、オートバイを売り親兄弟に泣きついて、なんとか集めた。このことは、すでに何度か書いている。
で、ルノー 4CVでの初デートドライブは江ノ島。トラックデートの数カ月後だったと思う。彼女は「素敵なクルマね!」と言って、すごく喜んでくれた。「僕のクルマ人生第1号車」はこうして生まれた、、。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。