2023.08.01
【vol.16】「居合」の真髄を学ぶ(2)
人生初の「試し斬り」に挑戦。真剣を振り下ろして見えてきたものとは?
モテる男には和のたしなみも大切だと、小誌・石井編集長(49歳)が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中康嗣代表のもと、モテる旦那を目指す連載です。今回のテーマは「居合」。後編では編集長が真剣での試し斬りにも挑戦します。
- CREDIT :
文/牛丸由紀子 写真/トヨダリョウ 取材協力/無外流 吹毛会
第16回のテーマは「居合」。前編(こちら)では無外流居合兵道 吹毛会の橋本龍弦会長のお話で居合の歴史や剣術との違い、さらには禅に通じる精神性などをじっくり教えていただきました。居合の無駄のない所作とその根底にあるサムライ精神に刺激され、自分もカッコよく一太刀を決めたい! と思いを強くした石井編集長。後編では橋本会長に居合の演武を見せていただくとともに、自らも初めての試し斬りに挑戦。そのひと振りやいかに?
石井 早く試してみたい気はありますが、侍たるもの焦りは禁物(笑)。居合の演武をそばで見るのも初めてなので、まずはその所作を学びたいと思います。
田中 橋本会長、それではよろしくお願いいたします。
厳かな雰囲気のなか、橋本会長の演武が始まります。
田中 無駄のないシンプルな動きなのに、迫力がありますよね。太刀が空を斬る音にも凄みを感じました。
橋本会長 ありがとうございます。
重みある刀を捌くために、必要なのは強い体幹
田中 この美しい姿勢を維持するためには相当インナーマッスルを鍛える必要がありますね。
橋本会長 重たい刀を振りながら動いても身体がぶれないよう、しっかり足腰で支えています。体幹を鍛えられるので、居合を始めてからゴルフの飛距離が伸びたという話も聞きますね(笑)。クラブに比べたら、刀はかなり重いですから。
石井 完璧に体感トレーニングですね。やっぱり僕も居合はじめようかな(笑)。
田中 じゃあ、さっそく体験を。橋本会長にご指導いただきましょう。
石井 よろしくお願いします!
田中 人によって刀は柄の長さが微妙に違うということですね。
橋本会長 そうなんです。また日本刀の柄には、剣道の竹刀の柄と違い糸が巻かれていますよね。下の方に結び目がありますが、振った時に抜けないよう、これが滑り止めの役割を担っています。
石井 どちらかというと色合いや編み方など美しさという側面で見ていましたが、そんな重要な意味があったとは。
石井 こんな感じでしょうか(と素振り)。
橋本会長 いいですね。まったくの初心者とは思えませんよ。
【ポイント】
■重みある刀を振る居合は、一種の体幹トレーニング
■刀は斬れる振り方を習得するために、定期的に試斬の稽古が必要
■正面に振り下ろすのが「真向斬り」、斜めに振り下ろすのは「袈裟斬り」
試し斬りは武士の介錯の練習だった?
石井 (会長から刀を渡されて)おぉ、これが真剣ですか。やっぱり模擬刀とはやっぱり重みが違う!
橋本会長 巻藁を斬る時は、袈裟斬りにしますので、それを練習しましょう。基本の素振りは、振りかぶった時に刀が床と平行になるようにします。その時、頭と柄の間はこぶし1個程度の空間が空くように。そこから一気に斜め30度ぐらいの角度で振ります。これが袈裟斬りです。
橋本会長 基本的には右足を一歩踏み出して右上から左下に振り下ろします。左に刀を差しているので、左足を出して振るとやりにくい。また左足を出してしまうと、振り下ろした時に自分の足を切りつけてしまいますからね。ただ、形の稽古では左右できるようにするため、左足を出す形もあります。
石井 いや~、真剣だとちょっと震えますね。
橋本会長 袈裟斬りには、下から切り上げる「逆袈裟」というものもあります。実は無外流の居合で多いのは、下からの逆袈裟です。というのも、そもそも鞘から出さず、抜き打ちで斬るので、必然的に鞘から抜き放った状態、下から上へ斬る形になるんです。
田中 そこが剣道とは根本的に違いますね。
石井 と言われても、難しい(笑)。
橋本会長 では一連の流れができたところで、実際に巻藁を斬ってみましょうか。まず、私が見本をお見せします。
橋本会長が用意された巻藁の前に進み出ると、逆袈裟の構えから紫電一閃、藁が宙を舞ったのでした。
田中 この藁は水で濡らすのですね。
橋本会長 刃先が入りやすいように湿らせてあります。畳一畳分を丸めたものがちょうど人間の首と同じ太さになります。
橋本会長 そうなんです。武士はいざという時、介錯をしなくてはならない。失敗があってはいけないので、その感覚を覚えるためにも試し斬りの練習をしたわけです。
石井 そういう話を聞くと、居合は本当に武士にとって必要な術だったと気づきますね。さらに身が引き締まります。
橋本会長 それでは石井さんにも試し斬りをしてもらいましょう。
石井 よろしくお願いします。それでは……行きます(と、息を整えてひと振り!)。
石井 うわ~、斬れたけど怖い! いやぁ、緊張した!
橋本会長 斬る時はそこまで力を入れなくても大丈夫です。今度は左から斬ってみましょう。
橋本会長・田中 お見事!
石井 いやあ、緊張で一気に汗をかきました。でも爽快感というか、嫌なことやつらいことも、スパっと切り落とした感じがします(笑)。
橋本会長 いやいや、初めてでこんなに切れる方はなかなかいないですよ。
石井 ありがとうございます。お世辞でもうれしいです(笑)。
【ポイント】
■試斬は武士が介錯できるようになる稽古という意味合いも
■試斬で使う巻藁は、人間の首と同じ太さ
■無外流では鞘から抜き放って下から斜め上に斬る「逆袈裟」の形が多い
己の心を練る、それこそが居合の意義
橋本会長 ハッハッハ、そうですよね。何しろ初めてですから。我々でも、模擬刀の時と真剣を使った時では全然違います。模擬刀の場合、いわゆる“運動”。でも真剣となると、やっぱり気持ちを整えるところから入っていきますから。
石井 それは今回実感しました。もう本当に集中の仕方が違う。ちょっとメディテーション、瞑想に近いと言えるかもしれません。
橋本会長 “動禅”のほか“立禅”という言い方もします。特に真剣を扱っている時は、ほんの少し迷いが大きな怪我になることもある。だから高い集中力が必要なんです。
田中 心が乱れると、確実に怪我をしてしまう。
石井 橋本会長のように免許皆伝になっても、その緊張感はあるのでしょうか?
橋本会長 今も変わりません。真剣の緊張感に“慣れる”ということはないですね。
石井 そうなんですね! この緊張感に毎回対峙しながら稽古するというのは、本当にすごいことだと、自分も体験して少し理解できたかもしれません。
石井 確かに、ある意味自分次第ということになる。
田中 だから形がうまくいかなかったとしても、その原因は自分にしかない。剣道なら、例えば相手が強いからと相手のせいにできてしまいますから。
石井 居合の場合は、そういう逃げはできないですね。
橋本会長 そうなんです。自分の乱れが形に現れる、結局すべてが自分に返ってくるわけです。だから自分の心に向き合うために真剣を抜き、気持ちを鍛えるんです。戦があるわけではない現代で、居合をする意味もそこにあると思います。稽古を通して、自分自身を知り心を練ることができる、それが居合なんです。
石井 ゴルフの飛距離を伸ばせそうだなんてそんな軽い話じゃない。さっきまでそんなことで喜んでいた自分を叱りたいです(笑)。身体を必死に鍛えるなら、居合で心も鍛えるべし。今回たったこれだけの体験でも、それが実感できました。今日はありがとうございました!
【ポイント】
■動く禅という別名もあるほど、高い集中力
■自分の心の乱れが形にあらわれる
■居合の意義とは、心を練る、鍛えることができること
● 橋本 龍弦(はしもと・りゅうげん)
無外流吹毛会会長、無外流免許皆伝、範士八段。小学生の頃から地元警察署で剣道を始めたのが武道との出会い。剣道歴20年、のち居合道に転向。無外流新名宗家の門下となる。普段は江戸創業の老舗「割烹とよだ」五代目店主として自ら包丁を持つ傍ら、食に関係するイベントや料理教室などの講師も務めている。居合道会国際大会で5年連続優勝、文部科学大臣賞を受賞している。
HP/財団法人無外流所属・吹毛会
● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
■ 和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
HP/http://www.wajuku.jp/
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