2022.09.18
【第19回】奈緒(女優)
奈緒「いつかスクリーンに受け入れられる女優になりたい」【後編】
世のオヤジを代表して作家の樋口毅宏さんが今どきの才能溢れる素敵な女性に接近遭遇! その素顔に舌鋒鋭く迫る連載。第19回目のゲストは、女優の奈緒さんです。ドラマ『あなたの番です』のヤバイ美女・尾野ちゃん役で強烈な印象を残した奈緒さんですが、本人はめちゃくちゃ誠実で素敵な人でした。
- CREDIT :
文/井上真規子 写真/トヨダリョウ スタイリング/岡本純子 ヘアメイク/つばきち
今回のゲストは、福岡出身の旬な女優、奈緒さんです。前半(こちら)では、9月30日に公開される映画『マイ・ブロークン・マリコ』の話を中心に伺いましたが、後半では吉田拓郎とプロレスが好きという奈緒さんの意外な素顔に迫ります。
「東京に出てから何者にもなれていない自分にもがいていた」(奈緒)
奈緒 音楽は母の影響が大きかったです。私が小さい頃からキャンディーズやピンク・レディーみたいな昔のアイドルのビデオを見せてくれたり、フォークソングもよく聞かせてくれていました。その中でも吉田拓郎さんは自分に刺ささるものがあったんです。
樋口 お母様の影響なんですね。拓郎さんは大人になってからもずっと聞いていた?
奈緒 私は10代の頃は怖いものなしで、根拠のない自信で自分を奮い立たせていました。でも20歳で上京してから、ただ時間が過ぎていくような時期があって、何者にもなれていない自分にもがいていたんです。その時に拓郎さんの「今日までそして明日から」という歌の「♪今日まで私は生きてみました~」っていう歌詞が自分にすごく優しく響きました。 私たちは生きているんじゃなくて、“生きてみてるんだ”と思ったら、今日や明日するかもしれない失敗が怖くなくなってきて。魔法みたいなひと言だなって思いました。そこから毎日聞くようになりました。
奈緒 本当に(笑)。泣きたい夜にも聴きたいし、泣きたくない夜にも自分を奮い立たせてくれます。どんな時も形を変えて側にいてくれる1曲だと思います。
樋口 7月には「LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP」でご本人と共演して、その曲を一緒に歌われたんですよね! そんな日が来るなんて夢にも思わなかったのでは?
奈緒 人生が変わったと思いました。母も喜んでくれて。世代が違う母と大好きな気持ちがリンクしたことは大切な思い出です。
樋口 あと、なんとプロレスがお好きだそうですね!
奈緒 はい(笑)。ちょうど2日前にも、葛西純さんのドキュメンタリーを見たばかりです。
樋口 そうですか! 彼も傷だらけでも長年頑張っていますよね。
奈緒 首も腰も痛めてて、体はボロボロなんですよね。ドキュメンタリーでも弱っている葛西さんが映っていて大変だなって思ったんですけど、生の試合を見たらそういうのも一気に吹き飛ぶぐらい熱狂させてくれて。やっぱりプロレスって、すごいエンタテインメントだなって思いました。
樋口 そうですよね。それにしても王道の新日本プロレスではなく、葛西さんってところがすごい(笑)。共感するものがあったんですか?
それは同じエンタテインメントである映画にも言えることだと思っていて、映画館や劇場でしか体感できないもの。だから葛西さんみたいにデスマッチはできないけれど(笑)、私も映画を通してそういう衝撃を与えられるような新しい作品を作っていけたらいいなって思いました。
樋口 奈緒さんならではの視点ですね。すごく興味深いです。
「どんな時代や職業の役も、もとは自分と同じ一人の女の子」(奈緒)
奈緒 初めにプロデューサーさんから「大御所の館へようこそ」と言われました(笑)。
樋口 アハハ。そして2020年に公開された映画『みをつくし料理帖』では、主人公の幼馴染である、あさひ太夫という吉原の花魁を演じられました。今の現実世界にいない役どころですが、どうやって演じようと考えましたか?
奈緒 生きている時代が違うので、そこをどう埋めるかは課題ですし、もちろん時代背景の勉強も大切です。ただ時代や職業が違っても、それは環境や選択によるもので、本来は自分と同じ一人の女の子なんですよね。そこを大切して演じていけば、役に近づけるし、役と親友になれるのかなって思いますね。
樋口 なるほど。
それはすべての職業においてそうだと思うんです。悲しみに溢れているような役でも、それこそ(『マイ・ブロークン・マリコ』の)マリコだってシィちゃん(永野芽郁)と線香花火をして笑った夜があるみたいに、悲しさ一色で染めてしまうのは嫌だなって。毎回、役と向き合う時はそう考えるようにしています。
樋口 本当にその通りだと思います。そして僕的に奈緒さんが出た作品の中で印象的だったのが映画『草の響き』(2021年)。あの作品は、もっと騒がれていいなと思います!
奈緒 いい映画ですよね。
樋口 東出(昌大)さんの終始つんのめった、テンパった表情もすごいし、ずっと辛い、辛いと嘆く東出さんの演技に対して、秘めたまま返す奈緒さんを見てすごい俳優さんだなって思いました。
奈緒 ありがとうございます! あの時は、斎藤(久志)監督に何度も「芝居しないで」って言われ続けて、途中から芝居することを諦めていました(笑)。私からすべてのものを取り除いて、真っ白な状態にしてくださったんです。
樋口 すごいですね。撮影はカットを重ねる感じですか?
奈緒 重ねたところもありましたけど、基本的にあまりカットを割らないので、1回の撮影がロングショットなんです。そういう意味では限りがある中で撮ってましたね。
「いつかスクリーンに受け入れられる女優になりたいって思っています」(奈緒)
奈緒 以前、知人に「みんなが思っているほど優しくないかもしれないけど、自分が思っているよりは優しい人だよ」って言われたことがあって、すごくしっくりきたんです。周りの人しか知らない、私には見えてない自分がいるんだなって。今はなりたいと思う自分も別にいて、揺れ動いているので、軸はふにゃふにゃしているかもしれないです。
樋口 我々から見ると、奈緒さんはすごいしっかりして見えますよ(笑)。そういう中で、目標とする俳優さんっていらっしゃいますか?
奈緒 昔から憧れているのは、女優の田中裕子さん。まだ仕事もない上京したての時に、名画座で昔の田中裕子さんが出ている『大阪物語』を見て、本当に素晴らしいなと思いました。スクリーンには俳優の生き様がすべて映るんだと感じたんです。だから自分もこの仕事を続けていく中で、生活だけは大切にしようって思っています。
樋口 それを感じ取れるのもすごいですよ。田中裕子さんは、近年では名監督で知られる木下恵介生誕100年記念で製作された映画『はじまりのみち』で母親役をやられて、本当に素晴らしかったです。画面を支配するってこういうことなんだって圧倒されましたね。
奈緒 スクリーンに愛されている人ですよね。
樋口 映画を愛するのではなく、映画に愛されたという。
奈緒 はい。だから私もいつか、スクリーンに受け入れられるような女優になりたいって思っています。愛してほしいとまでは言わないですけど(笑)。『草の響き』の時も、監督に将来どうなりたいか聞かれて「スクリーンに受け入れられたいです」って言ってました。いつなれるかわらかないけど、それまで頑張りたいです。
奈緒 うふふ! やっぱり夢は口に出しておくものだなって思いますよね(笑)。
樋口 今後、やってみたい役柄はありますか?
樋口 これからがますます楽しみです。応援しています。最後にLEON読者の世代に向けてアドバイスをお願いします!
奈緒 よく年上の方から「愛嬌が大事だよ」って言われるんですが、逆に読者の方々のような年上世代もチャーミングな方っていて、魅力的だなと思うんです。だからあまり構えず、下の世代とたくさん話をしてくださるとうれしいなと思います。
樋口 今日はありがとうございました。
【対談を終えて】
● 樋口毅宏 (ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』
公式twitter
『マイ・ブロークン・マリコ』
ある日、ブラック企業勤めのシイノトモヨ(永野芽郁)は、親友のイカガワマリコ(奈緒)がマンションから転落死したという報せを知る。幼い頃から父親や恋人に暴力を振るわれ、人生を奪われ続けた親友の死を受け入れられないシイノは、悩んだ末“大切なダチ”の遺骨を毒親の手から奪取。学生時代にマリコが行きたがっていた海へと彼女の遺骨を連れていくのだった……。2020年に発表されるや、単行本は即重版、第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞をはじめ、各賞を総なめにした漫画「マイ・ブロークン・マリコ」(著/平庫ワカ)の実写映画化。監督はタナダユキ。出演は他に窪田正孝、尾美としのり、吉田羊ほか。9月30日全国公開予定。
公式HP
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