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2022.09.10

Adoが聴かれまくっている理由「歌声が素晴らしいから。それに尽きる」

『うっせぇわ』で「覆面シンガー」として世に出てきたAdo。野球に例えがち世代の筆者(55歳)は言います。地声、裏声(ファルセット)、シャウト、ウィスパー、ラップ、どれをとっても超一流。ストレートだけでなく、驚くほど多様な変化球を使い分ける「声のダルビッシュ」だと……。

CREDIT :

文/スージー鈴木(評論家)

記事提供/東洋経済ONLINE
▲ 『ウタカタララバイ』(動画:Ado公式YouTubeチャンネル/YouTube)より
すごいことが起きた。音楽チャート「ビルボードジャパンHot100」の8月24日付ランキング。

1位:新時代
3位:私は最強
4位:逆光
5位:ウタカタララバイ
6位:Tot Musica
10位:風のゆくえ
12位:世界のつづき
31位:ビンクスの酒


驚くべきは、これら8曲を歌っているのはすべてAdoだという事実である。一昨年リリースの『うっせぇわ』が話題となった「覆面シンガー」。

なお、上のランキングでは省略したが、すべての曲名の後には「(ウタ from ONE PIECE FILM RED)」というフレーズがついていた。

サブスクで聴かれまくっているAdo

「ONE PIECE FILM RED」とは、現在大ヒット中のアニメ映画で、「ウタ」とは、同映画の主役級キャラクターである歌姫の名前。その「ウタ」が映画の中で歌う楽曲を、実はAdoが歌っていて、それらの楽曲が軒並みヒットしているという、一種の「メタ構造ヒット」なのだ。

ただ、ここまでの圧倒的なチャート占拠は、映画のファンだけでなく、音楽そのものの魅力が誘引した層も上乗せされないと、実現できなかったと思われる。

ちなみにビルボードジャパンHot100は、CD売上に加えて、ダウンロード、ストリーミング、ラジオ、ルックアップ(機器のCD読み取り回数)、Twitter、動画再生回数、カラオケという計8指標を勘案したランキング。

ビルボードのサイト内にある「チャート・インサイト」というページで内訳を見ると、Adoの楽曲は、ストリーミング部門で上位を占めていた。つまりはサブスク(リプション)でヒットしている、聴かれまくっているということだ。

さらに9月1日には、『新時代』が、Apple Musicの「トップ100:グローバル」において、日本の楽曲として初めて1位を獲得したと報じられた。

映画のファン、そしてAdoの音楽に魅せられたファンが、この夏、これらの楽曲をサブスクで聴きまくった理由は、はたして何なのか。

その答えは、実はとっても簡単だ。Adoの歌声が素晴らしいから。それに尽きるだろう。ご存じない方は、まずは騙されたと思って、『世界のつづき』『ウタカタララバイ』『逆光』の3曲を聴いていただきたい。
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▲ 『世界のつづき』(動画:Ado公式YouTubeチャンネル/YouTube)
▲ 『ウタカタララバイ』(動画:Ado公式YouTubeチャンネル/YouTube)
▲ 『逆光』(動画:Ado公式YouTubeチャンネル/YouTube)
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Adoの歌声が持つ第1の魅力は、抜群の声量だ。『世界のつづき』の中間部で披露される堂々かつ朗々たる声はどうだ。私は『裸足の季節』『青い珊瑚礁』など、デビュー直後の松田聖子を思い出した。これつまり、かなりの褒め言葉である。

ちなみにこれらの曲の作詞作曲はAdoではなく、それぞれ気鋭の音楽家が手がけていて(『世界のつづき』=折坂悠太、『ウタカタララバイ』=FAKE TYPE.、『逆光』=Vaundy)、このあたりも松任谷由実、細野晴臣、大瀧詠一らの提供曲を歌いこなした80年代の松田聖子と通じるものがある。

続いての魅力は、ボーカリゼーション(発声)の多様さで、こちらは『ウタカタララバイ』に顕著だ。とにかくいろんな声、いろんな歌い方を持っている。「声のデパート」、この言い方が古ければ「声のECサイト」。

地声、裏声(ファルセット)、シャウト、ウィスパー、さらにはラップ、どれをとっても超一流。野球に例えたら、ストレートだけでなく、驚くほど多様な変化球を使い分ける「声のダルビッシュ」のような。

何事も野球に例えがちな私(55歳)の世代が聴いてきた中で比べれば、シンガーとしてのAdoの埋蔵量は、岩崎宏美、吉田美和、島津亜矢らに匹敵すると感じる。もちろんこれも、最大級の褒め言葉のつもりである。

「覆面シンガー」の背景にある環境変化

さて、このAdoは「覆面シンガー」として知られている(実は、今年4月4日のZeppダイバーシティ東京でのライブにおいて「顔出し」をしたとの報道があったが、そのことはひとまず措いておく)。

白状すれば、野球世代の私は、『うっせぇわ』で出てきた頃のAdoを、「覆面シンガー」という点において、少々色眼鏡で見ていた。よくできた「企画物」に見えたのだ。しかし昨年の『踊』を聴いて、いよいよ腰を抜かして、ボーカリストとしての真価に気づいたのだが。

ここからは、そんな私の視点から、まだ彼女を色眼鏡で見ているかもしれないミドルシニア世代に対して、「覆面シンガー」の背景にあるマクロ環境変化と、それに対する私見を述べてみたい。

一言で言えば「署名性メディア」から「匿名性メディア」へ。言い換えると「リアル(真実)メディア」から「リアリティ(真実そのものじゃないけど真実っぽい)メディア」へ。

これ、何のことはない、テレビからネットへの重心変化を、それっぽく表現しただけのことなのだが、この変化は、すべてのエンターテインメント市場の中で、特に音楽市場に対して、大きな影響を与えたと考えている。

野球世代にとって、ヒット曲はテレビの歌番組から生まれていた。『ザ・ベストテン』『ザ・トップテン』『夜のヒットスタジオ』……。生放送の歌番組の中で、どんな名前、どんな顔、どんな体型の歌手が、どんな声で歌っているかという「リアル」を、一瞬にして全国に拡散する装置としてのテレビの時代。
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名前も外見も明かさずにネットで拡散される

対して、どんな名前、どんな顔、どんな体型なのか、まったくわからない歌手が、収録編集済の「歌ってみた」動画をネットに上げて、その「リアリティ」がSNSで段階的に拡散されていくネットの時代へ。

まずは、この重心変化を認めた上で、問題はこの、署名から匿名、リアルからリアリティへの変化をどう捉えるかである(実は、消失された「リアル」価値の復権として、フェスの隆盛があると考えるのだが、それもひとまず措く)。

—— よく考えたら、今のほうが健全なんじゃないか?

と、私は思うのだ。プロダクションやレコード会社、メディアなどに幸運にも選ばれた、歌だけでなく外見やダンスにも長じた総合的才能だけしか、音楽市場に立ち入れなかったテレビ時代に対して、名前も外見も明かさない一点突破の才能が、気軽に参加でき、聴き手の「いいね!」などによる直接民主制によって選抜されていくネット時代のほうが、少なくとも「参入障壁」の視点については、めっちゃ健全だろうと。

2017年、中学2年生の時に「歌ってみた」動画を初めてアップして以来、直接民主制トーナメントを、圧倒的な歌声で勝ち上がってきたのが、Adoであり、また、同様のプロセスから、何人(組)かの「覆面シンガー」「覆面ユニット」がブレイクしている。

そう考えれば、「覆面」かどうかなんて、とても些末な事柄に見えてくるだろう。そしてAdoの歌声に、「企画物」には程遠い、本質的なリアリティを感じることができるはずだ。

Ado自身のこんな発言を読んでいると、彼女がネット時代に生まれてきてくれてよかった、今が昭和のテレビ時代じゃなくってよかったと、つくづく思う。

—— 日常生活での変化もあまりないですか?

Ado:まったく変わらないです。私の歌がバンバン流れてる薬局とかで、「すいません、これください」って普通に生活用品買ってる感じなので(笑)
(Real Sound 2021年10月19日)

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80年代後半にもしネットがあったら…

最後に手前味噌な話。ご多分にもれず私も、若気の至りで音楽家を目指した時期がある。時は80年代後半、自作の曲をカセットテープに吹き込んで、レコード会社十数社に送り付けるも、なしのつぶてだった。

それでも悶々としていた。たった十数個の入口が閉ざされただけではないか。自分の音楽を待っている別の入口が、他にあるかもしれない——。

あの頃、ネットがあったら、DTM(デスクトップ・ミュージック)ソフトがあったら、YouTubeやSNSがあったら、どうなっていただろう。

おそらく、聴き手からの反応の悪さを目の当たりにして、音楽家への夢を、ウジウジとせず、スパッとあきらめ、もっとすっきりした気分で20代を過ごすことができたはずだ。

Adoが堂々かつ朗々と『世界のつづき』を歌う世界のつづきには、すっきりした顔の若者が山ほどいる。素敵なことだと思う。いい時代になったと思う。

スージー鈴木の「月間エンタメ大賞」

歌謡曲からテレビドラマ、映画さらには野球まで——。さまざまなエンタメコンテンツをまたにかけて活動する評論家・スージー鈴木。毎月、脚光を浴びた作品やコンテンツについて、客観的なマーケティング視点と主観も交えたカルチャー視点でヒットの要因を読み解いていく。

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当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です

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