2024.02.24
谷原章介さんに聞いた理想の夫婦論「無視や無理解、静かな拒絶もDVだと思うんです」
俳優でキャスターの谷原章介さんが、約2年ぶりの舞台『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』に主演します。夫婦関係の難しさを寓話的に描いた作品に、自らの私生活を顧みることもあったという谷原さんが考える理想の夫婦とは?
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文/浜野雪江 写真/内田裕介(タイズブリック) スタイリング/澤田美幸 ヘアメイク/川端富生 編集/森本 泉(LEON.JP)
谷原さんといえば、多忙を極めながらも家事や育児に積極的に取り組む様子がたびたびテレビでも紹介されてきた“夫の鑑”。しかし本作ではデイビッド役に自身を重ね、自らの私生活を顧みる場面もあったそう。ざっくばらんに応じてくれたインタビューの前編では、作品への思いとともに、夫婦間に生じるすれ違いの現実や、夫婦が円満でいるために必要なことについて語ってくれました。
これは夫婦のディスコミュニケーションの話だと思う
谷原章介さん(以下、谷原) すぐに原作小説を読んだのですが、とても比喩に富んだお話で、一つひとつの出来事が読み手にもリンクするように作られているので、僕もいつの間にか自分自身の経験や、現在の家族の風景に結び付けて自分の内面を掘り下げる作業をしていたんです。
僕も妻と結婚してからの17年間にはいろんなことがあり、自分の至らなかった部分が思い返されて、読み終えた後は改めて、家の中での自分のありかたや、妻への接し方を考えなければいけないなという気にさせられました。実は外面(そとづら)がいいだけかもしれない自分の内面が透けてしまいそうで怖いと感じたし、これは面白い本だなぁと思いました。
谷原 それを(脚本・演出の)G2さんが具体化したらどうなるんだろうな!? というのも興味を惹かれた部分です。上がったばかりの台本(初稿)からは、舞台装置の工夫で錯視などの視覚効果を得ようとしているのは見て取れたのですが、それだけでは表現しきれない部分も多いですから。
G2さんはファンタジー作品がとてもお得意ですが、作風はファンタジーでありつつも単なる夢物語ではなく、ダークなものがそこに潜んでいる。僕が12年前にご一緒した舞台『こどもの一生』もそうでしたし、今回もそういう〝人の心のダークな面〟が入ってくると思うので、そこがどう表現されるのかも楽しみです。
谷原 これは夫婦のディスコミュニケーションの話で、奥さんが縮んだというのはあくまでも比喩だと僕は思っているんです。人は、相手から軽んじられて意見を無視されたり、理解されていないと感じると、そこに居ないような気持ちになることがあるじゃないですか。
ドメスティックバイオレンスって、暴言とか暴力だけではなくて、無視や無理解、静かな拒絶も僕はDVだと思うんです。デイビッドは自覚はないと思うけれど、たぶんそういう要素がどこかにある人で。
相手の不安に寄り添う創造力も十分ではないので、物語の後半で、デイビッドがステイシーに対してよかれと思ってしてあげることも、ステイシーにとっては的外れだったり。
結果、ステイシーは夫との関係性に疲れ、子育てにも疲れ、消えていなくなってしまいたいぐらい追い詰められているのかもしれない。デイビッドの無理解や、奥さんの気持ちを知ろうとしない姿勢がステイシーを縮ませてしまったんじゃないのかな……。
谷原 2人は結婚7年目で子供はまだ2歳。デイビッドは仕事も頑張らなきゃいけないし、家族の生活を支える責任もあって大変だと思うんです。一方、ステイシーのほうも、家に入ることで仕事のキャリアが断絶してしまう辛さや、自活できていないことへの忸怩たる思いがあるわけで。
やはり誰もが自分で働き、自分の力で稼いだお金で食べていると胸を張って言いたいのに、家に入ることで「食べさせてくれてありがとう」という立場に置かれてしまう。ステイシーとしては、「対等なはずなのに(いつも一方だけが)“ありがとう”ってなんなの!?」と思いますよね。
加えてステイシーは、家のことや子育てのことをデイビッドに相談したくても聞いてもらえない無力感や苛立ちがあり、それが7年間積み重なって日々の文句につながってるんじゃないかと思うんです。そんなふうに、まだまだお互いが、自分としても夫婦としても折り合いがつかない状況にあるのだと思います。
夫婦円満に大事なのは心と体の触れ合い
谷原 相手に敬意を払い、お互いを理解したうえで尊重することですよね。“親しき仲にも礼儀あり“は夫婦間においても大切だと思います。そして、それと同じぐらい大事なのが、心と体の触れ合いです。それは手をつないで一緒に散歩するのでもいいですし。互いの体に触れ合うことは夫婦でしかできないので、何気ないスキンシップも含めて触れ合いはとても大事だと思います。
……なんてもっともらしく言いましたけど、僕自身、妻とはお互い折り合いをつけて暮らしているとはいえ、考え方は結構違いますし、「自分のこういうところは変えなきゃいけないかもな」と思う部分は未だにあって、それはずっとあり続けるものだと感じます。
── 谷原さんは、仕事が忙しい中でもまめに料理をしたり、お子さんの入園・入学時には自ら通園・通学用の手提げを作るなど、家事のたいへんさも知っているように見えます。
谷原 家事に限らず、作業って分担してやるものじゃないですか。それぞれの得意分野、もしくは向き不向きに合わせて、できる時間がある時に埋め合えればいいと思うので。
埋め合うということで言えば、例えば外食時の支払いでも、きっちり1円単位まで割り勘するのもいいけれど、収入や年齢の違いで、「じゃあ〇〇、2000円でいいよ」という埋め方もあって、僕は結構そっち派なので。
家庭でも、僕の比重が重い時もあれば、逆に妻の比重が重くなっている時もありますが、互いの負担感を思いやることで、心のバランスさえとれていればいいのかなと思っています。
実は今回の舞台の序盤で、強盗から「あなたは旦那さんを愛しているの?」と聞かれた時、ステイシーは「わからない」と答えるんです。それぐらい、もとは他人である2人の関係性は脆いものなんだなって。夫婦になったからといって強固な地盤にいるわけではなく、いつ崩れるかわからない地平に立っている。だからこそ努力も必要だし、理解しようとしなきゃいけないし、寄り添うことや、笑いが必要なんですよね。
谷原 “愛憎“って言いますけど、愛の反対って無関心だと思うので。憎しみは、愛がないと生まれないですからね。
けれどデイビッドは、最後にようやく自分を顧みることをしたのではないかなと思うんです。彼がステイシーに対してもう1回きちんと向き合うことで、自分の非を認めることができたのかなと僕は思っています。
── 銀行で強盗から「今持っているものの中でいちばん大切な、最も思い入れのあるものを差し出せ」と言われたステイシーは、夫との歴史にまつわる意外なものを差し出しますが、もしも谷原さんが強盗にそう迫られたら何を差し出しますか?
谷原 それはもう、家族にまつわる何かです。家族の写真や、子供がくれたメッセージカードや似顔絵、そして妻が節目の時に書いてくれた手紙ですね。手紙はめったにくれないですけど。家族が僕を思って書いてくれたというのはやっぱりうれしいですから。
未婚・既婚に関わらず、この物語に少しでも興味を感じてくださった方がいらしたら、ぜひこの舞台を見て、今ご自身が抱えている問題や、生活の中で引っかかっているものを見つめ直して改善するきっかけになればと思いますし、「自分のいちばん大事なものってなんだろう?」というのを考えていただけたらなと思います。
● 谷原章介(たにはら・しょうすけ)
1972年、神奈川県横浜市生まれ。1992年「メンズノンノ」の専属モデルに。1995年に映画『花より男子』で俳優デビュー。以後、映画、ドラマ、舞台と幅広く活躍。2000年代からは司会業にも挑戦。「王様のブランチ」(TBS系)、「パネルクイズ アタック25」(テレビ朝日系)など多数の番組でMCを務める。2021年からは朝の情報番組「めざまし8」(フジテレビ系)の総合司会に就任。趣味はスポーツ観戦、サーフィン、音楽鑑賞、バイク、ゴルフ、時計。
『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』
原作はアンドリュー・カウフマンによる同名のファンタジー小説。ある日、銀行に風変わりな強盗が現れた。その場にいた13人から、各自の思い出の品を差し出させた強盗は「私はあなた達の魂の51%を手にした。それによりあなた達の身に奇妙な出来事が起きる。自ら魂の51%を回復しない限り、命を落とすことになるだろう」と言って去る。その3日後、妻は自分の身長が縮み始めていること気付き……。劇中では、13人の身に起こる不思議な出来事と奇跡が描かれる。そんな“舞台化不可能”とも言える小説を、演劇界の名匠G2が10年の構想期間を経て世界初の舞台化。主演は「エリザベート」「マリー・アントワネット」などでタイトルロールを務めた日本のミュージカル界のトップ・花總まりと俳優のみならず司会としても絶大な支持を得る谷原章介。
2024年4月1日~14日、日本青年館ホール
出演/花總まり 谷原章介 平埜生成 入山法子 栗原英雄
HP/thetinywife.com
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