2024.10.05
イッセー尾形が一人芝居を40年以上続ける理由「一人芝居の醍醐味は、意味を超えたところで観客と笑い合えること」
70歳を超えてなおテレビや映画や舞台で活躍するイッセー尾形さん。なかでも一人芝居は40年以上公演し続け、独自のスタイルを確立しています。そのお話は、いつまでも輝き続けるカッコいい大人としての含蓄あふれる内容でした。
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写真/大川直人 スタイリング/宮本茉莉 ヘアメイク/久保マリ子 文/木村千鶴 編集/岸澤美希(Web LEON) 衣装協力/WACKO MARIA PRESSROOM、PARADISE TOKYO
その演技力を裏付けているのは、40年以上にわたって続けている一人芝居の公演です。なぜ一人で演じ続けるのか、何を表現したいのか。そこにはイッセー尾形流のカッコいい哲学がありました。
「僕は演劇人でも喜劇人でもないんです」
イッセー尾形(以下、イッセー) 昔あった『てなもんや三度笠』というテレビ番組(※1)が楽しみで、喜劇人に対して胸躍るものがあったんだと思うんです。僕のルーツはやっぱりそこかな。
それで、ある時に『お笑いスター誕生!!』(※2)という素人参加の番組に小柳トムさんが一人芝居のコントで出場しているのを見て、「一人でも成り立つな」と思って僕も応募したんです。それで勝ち上がって、8週目までいった時にドラマ『意地悪ばあさん』(※3)のプロデューサーに呼ばれて……それがキャリアの始まりですね。
先日、永六輔さんの著書『芸人たちの芸能史』(中央公論社)を「僕の芸のジャンルは何かな」って思いながら漠然と読んだらね、「僕は浪曲師(※4)が近いな」と思いました。演劇人より大衆性があっていいでしょ。
イッセー こういうインタビューの時だけね。私は何者ですって言わなきゃいけなくなるから(笑)。
「意味を超えてお客さんと笑い合えるのが理想」
イッセー 観察は基本的にしません。最初のうちは人間を制服で捉えて、医者は医者らしく、教師は教師らしく、バーテンはバーテンらしく、そういう記号を押し付けられた人たちを演じたんです。でも今はそれほど制服が目立たない時代ですから、劇の早い時点で、私は誰でここはどこって表明しなきゃいけない。
ただ、その人が遠い存在だとお客さんの興味は離れていくんです。だから「あ、この人知ってる!」あるいは「もしかして私か?」と思われるような人物を選ぶ。知ってる人を演じるなら、観察する必要がないんですよ。
イッセー 出たとこ勝負ですよ。舞台の上でのニュアンスとか動きは瞬間に出るものであって、お客さんはその瞬間を笑っている。意味を超えて笑い合えるって理想ですよね。台本を作る際に、台詞はどうしても意味で書いちゃうけど、僕の目指している極地は意味のない世界です。
── 客席と呼応する舞台だから出来ることですね。
イッセー それが本当の劇場の醍醐味です。やってみなきゃ分からないし、お客さんもその瞬間にしか立ち会うことができない。“瞬間芸術”とでも言いましょうか。
「僕の仕事は“想像入り口業者”です」
イッセー 最初の頃はやっぱり怖かったですよ。一番怖いのは、本番前の楽屋で「これの面白いところはどこなんだ?」って自分を疑ってしまう時。今ではさすがに減りましたけど、あの時間は怖いですね。でも、演じている最中って結構しぶといもんで「ウケなかったらウケるまでやってやる、巻き返してやる」みたいな力が瞬間的に出てくるんですよ。
── それは脚本も出演も自身でされているイッセーさんならではの感覚かもしれないですね。
── 入口の先は誰に任せるんですか?
イッセー 文学者とか哲学者とか宗教家とか、その道の専門の人に任せます。もちろんお客さん自身にも。僕は芝居を通していろいろ想像してほしいんです。
今って、想像するきっかけがあまりにもなさすぎでしょ。意識が自分に向いてる時代だと思うんですね。暇さえあればスマホと対話するから、どうしても自分だけの世界になってくる。
でも、これって喜劇の正反対なんですよ。喜劇ってのは外からやってきて、何をやってんだいっていうアクションがあるから笑えるんです。自分だけの世界では笑えないんですよ。やっぱり、クスクスでもいいから笑ってもらわなきゃダメ。どう笑いにもっていくか、四苦八苦してやっています。
「事務所も演出家たちとも離れて一人になった時、何も見えなくなった」
イッセー 一度は枯渇しました。ずっと所属していた事務所を12年前に離れ、演出家たちとも離れて一人になった時に何も見えなくなった。時代も、人も、何にも見えなくなったんです。
── それをどうやって乗り越えたんですか。
イッセー 「夏目漱石で一人芝居やりませんか」というお話をいただいたんです。それで夏目漱石の小説を読み返したら、主人公の周りに登場人物がいっぱいることに気付いた。それで勝手に一人芝居を作って演じてみたんです。
── スピンオフみたいな形でしょうか。
でもあの時は本当に、何も見えなかったですね。だから、本をいっぱい読んで、想像をいっぱい膨らまして、絵を描いたり、スケッチしたり……。「この人はどんな人なのか」を考えることが、僕にとっては一番の原動力なのかな。
── イッセーさんとお話していると、哲学者のような方だとも感じます。哲学の本も読まれるんですか。
イッセー う〜ん。哲学は好きですけど、「生身の人間はこんなもんじゃない」ってどうしても思っちゃうんですよね。でもそれがバネにはなるので、バネ作りのために読んでいます。
── イッセーさんにはそうした知識や心の持ちようが下敷きとしてあり、それを超えて作品を生み出してるからこそ、笑いが起きるのかもしれませんね。
イッセー そうだとうれしいんですけどね。長く公演を続けていても、幕が開いてから初めて僕も気付くことがあるし、お客さんにもそこで初めて気づいてほしいです。劇場を出たら忘れてもいいんですけども、その瞬間は僕もお客さんも初めてのことを分かち合う。それはすごく価値のあることだなと思います。
「ボイジャー2号のように歳を重ねます(笑)」
イッセー 先日、長谷川四郎さんの『シベリヤ物語』(講談社文芸文庫)って本を読んだんです。
シベリア抑留中の体験を元にした本なので、読む前は強制労働の過酷な辛さなんかが描かれているんだろうと思っていたんですけど、実際には、自分のことはさておいて相手のロシア兵のことばかり書いてあった。こいつはセコいやつだとか、この人はいいやつだったとか。自分以外のことが書いてあったんですね。
辛い状況でもすべて絶対にユーモアで書くんだという意思が見えた気がしました。それで、この人は凄い人だ、カッコいいなと思った。
── それはカッコいいです。過酷な状況下だと自分のことで精一杯になりがちですから、外に目を向けるのは簡単なことではないと思います。
── こうやってお話していると、イッセーさんも知性の人だと感じます。では最後に、これからどのように年を重ねていきたいですか。
イッセー NASAが1977年に打ち上げた無人宇宙探査機のボイジャー2号って、今では太陽系の外に出てるそうです。真っ暗な宇宙の中を一人旅してる。今では目的もどうやらそんなに定かじゃないらしい。でも、ずっと稼働して探索してる。なんか僕に近いものがあるなって感じているんですよ(笑)。だから、ボイジャー2号のように歳を重ねます。
● イッセー尾形(いっせー・おがた)
1952年2月22日、福岡生まれ、A型。1971年演劇活動を始める。一人芝居の舞台をはじめ映画、ドラマ、ラジオ、ナレーション、CMなど幅広く活動している。 2012年の独立を契機に新たな活動も展開中。
舞台『イッセー尾形の右往沙翁劇場2024』
in神戸
場所/神戸朝日ホール
住所/兵庫県神戸市中央区浪花町59
日程/11月22日(金)、23日(土)、24日(日)
https://www.kobe-asahihall.jp/events/2024/11/
in京都
場所/京都府立文化芸術会館ホール
住所/京都府京都市上京区寺町通広小路下ル東桜町1
日程/10月25日(金)、26日(土)、27日(日)
http://www.bungei.jp/event-guide/?search_cat=4&search_y=2024&search_m=10
in東京
場所/有楽町朝日ホール
住所/東京都千代田区有楽町2丁目5−1 有楽町センタービル 11F
日程/12月6日(金)、7日(土)、8日(日)
https://www.asahi-hall.jp/yurakucho/concert/#08
『イッセー尾形の右往沙翁劇場』DVD発売
作・演出・出演をイッセー尾形が手掛ける一人芝居の12年の集大成DVDが発売中。映像特典【メイキング&インタビュー映像】も収録されたファン垂涎の永久保存版、直筆サイン色紙の特典付き。
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