
建築は、芸術的・社会的責任がある
丹下憲孝さん(以下、丹下) 建築は第一に機能をもったものです。建築家は画家でも彫刻家でもありませんし、機能を満たすことが必須です。同時に父・丹下健三は「美しさとは一番重要な機能である」とも言い切っていました。「そんなに見た目にこだわらなくていい、機能的であればいい」そうおっしゃるお客様も時にいらっしゃいますが、いえいえ、とんでもない。
美しいものを毎日見ることができたら、それは人生において素晴らしいことなんです。早く家に帰りたくなるし、オフィスであれば仕事に行きたくなりますから。だからこそ建築家がひとりよがりに造りたいものを造る、建築家が思う美しいものを造るのではなく、お客様との対話のなかで、その方とともに美しいものを造っていかなければいけません。さらにその地域の街並み、歴史、伝統をふまえて、その場所においてなにが美しいのかも探るのです。

「Architecture is Art with social responsibility」
建築は、芸術的なだけでなく社会的な責任をもつのである。環境、景観などその街、社会、コミュニティのことを考えて、建築家が責任をもって建築と向き合わなければならないのです。
心に留めている大事な教えです。
丹下 ホセ・ルイ・セルトさんは、父と一緒に会いに行きまして、彼は私と父をまとめて「君たち」と呼び、先ほどの言葉をかけてくれました。彼くらいになれば、丹下健三もまだまだ若造だったんです(笑)。
私が大学院の際の師で、アルゼンチンの建築家ホルヘ・シルベッティさんに教えていただいた「一本一本の線には意味がある。たやすく書くな」という言葉も、しっかりと胸に刻んでいます。アートの世界でも一緒なのかもしれませんが、その線が一本あるかないかだけで作品が変わる。特に建築はその線ひとつに莫大なお金がかかりますから。ですからたやすく線を書くな、その線に意味があるのか? そういうことなのです。
建築の歴史のなかで、ポストモダンの作品は比較的すぐに消えて、それ以前のモダンの作品が今も愛され生き延びている。これはなぜかというと、長い時間かけて必要な線だけを残してきているから。ミニマリズムとは線を否定しながら造っていっている。そんな歴史もあるんですよ。

建築の美はディテールにこそ宿る
丹下 確かに一理ありますが、そのトレンドはファッションとはまったく違います。単に斬新なものはすぐに飽きられてしまいます。逆に、見れば見るほど味わいがある、というものの方が本物なのだと私は思います。建築はそう簡単には造れませんし、造り替えられない。文化と深く根付いているものですから。
一方で私自身はファッショナブルではありたいと思っています(笑)。お客様がセンスのいい人に建築を任せたいと思うのは当然ですから。私は、建築家は大先生なんかではない、お客様に寄り添う仕事なんだ、というモットーでスーツ&タイで仕事をすることが多いのですが、それでも自分のスタイルとして、スーツの裏地にこだわったりしております。
丹下 いいな、と思う建築があるなら、なぜいいと思うのか追究してみるといいかもしれません。ああ、こういう時代のものが好きなのか、こういう建築家のものが好きなのかとわかってくると思いますよ。はたまた自分が昔住んでいた家に似ているから好きなのかも、など自分のルーツさえも見えてくるかもしれません。
また建築とはスケールが大きいものですから、どこを見ていいかわからなくなった時は、ディテールをしっかり観察してみてください。ディテールこそこだわりの良さが出ます。いくら海外の建築家に建ててもらっても、ドアノブや窓など細かい箇所はその国でまかなうことも多く、良い建築にはその国でできる最善の技術やディテールが詰め込まれています。

丹下 特にこれ、と限定的には言いづらいのですが、私の父はミケランジェロとル・コルビジェに感銘を受けていましたし、私もその影響は受けているのだろうなと思います。学生時代、夏はパリで過ごしていましたから、クルマでコルビジェのロンシャン教会、共同住宅であるユニテ・ダビタシオンを見て回ったりしていました。それらはやはり素晴らしかったです。
丹下 かつて明治維新の頃は長い鎖国の後、西洋のものがなんでも素晴らしく見えて日本家屋に絨毯を敷いたり、猫足のテーブルを置いたり、とにかく西洋への憧れが建築にも空間づくりにも出ていた。実はこれからは逆で、日本の建築に海外の方が憧れをもってくださっている。ですからこれから日本の建築家が益々世界に出ていって、活躍してほしいしですし、できる時代だと思っています。そもそも日本人はなにがあろうがバッググラウンドに日本が滲み出ます、日本を意識せずとも世界が求めているものをつくれると思うのです。
そういえば、先日韓国人の方がYouTubeで私の建築を解説しているのを見つけたんです。彼女はカナダの学校に行って、アジアと西洋の間で孤独を感じていたと。そういうアジア的であり、西洋への憧れもあり、という自分の感情に近いものが、私が造ったモード学園のビルを見て込み上げてきたようです。不思議なものですね。私も15歳でスイスに渡り、以降西洋で過ごしていて、日本に帰ってきた時は浦島太郎のような気分でした。まさに私もアジアと西洋の間で揺れていた。やはり建築は、そういう意味ではアートに似ていてどこかでほんの少し建築家のバッググラウンドが滲み出るのでしょう。

丹下 とにかくよいと思ったイメージを、たくさん見せてください。イメージに脈絡がなくてもかまいません、遠慮せず、こういうものがお好きなんだ、という参考として資料がたくさんあった方がよいですから。私は以前「斜めの線を入れないで」というオーダーを受けたのですが、なぜ「斜めの線」がお嫌いなのか、理解する必要がありました。これならいいのか、あれならいいのかとお話しし、結局は「複雑に見えるのが嫌だった」ということがわかりました。
斜め線を使っても複雑に見えない方法はいくらでもあります。これがよい、これが嫌、という要望も実は自分が思い込んでいるだけ、という場合もありますからとにかくたくさん建築家と話してください。そして私たちもなるべくお客様の思いを引き出すように努めています。家は人生の大きな買い物ですから、とにかくコミュニケーションを大事によいものを造っていきましょう。

● 丹下憲孝(たんげ・けんこう)
建築家。TANGE建築都市設計 代表取締役会長/CEO。1958年1月31日生まれ。学習院初等科、中等科を経て、1973 年よりスイスの寄宿学校ル・ロゼに学ぶ。1981年ハーバード大学卒、1985 年ハーバード大学デザイン大学院建築学専門課程を修了。同年丹下健三・都市・建築設計研究所に入所。2002 年に丹下都市建築設計(現・TANGE 建築都市設計)に改組し代表取締役社長に就任、2024年より現職。優れた建築デザインと技術が評価され、国内外、数多くの受賞歴あり、以下代表例。
エンポリス・スカイスクレイパー賞(モード学園コクーンタワー)、グッドデザイン賞(モード学園コクーンタワー)、中国国際不動産建築設計賞優秀賞Merit Award(LARIMAR CENTER、中国)、Council on Tall Buildings and Urban Habitat Best Tall Building 100-199 Meters Award 受賞(クラブ・エクラット 中国・恵州)、MUSE Design Award(ダイヤモンドタワー/台北之星、台湾)
主な作品
UOBプラザ1/ ユナイテッドオーバーシーズ銀行クアラルンプール本社ビル(マレーシア)、クラブ・エクラット(中国)、シェードスケープ(シンガポール)、ダイヤモンドタワー/台北之星(台湾)、アメリカ医師会本部ビル(米国)、BMWイタリア本社ビル(イタリア)、上海銀行本社ビル(中国)、国内では、モード学園コクーンタワー、東京アクアティクスセンター、名古屋トヨペット檀溪通店、フジテレビ本社ビル、東京ドームホテル、財団法人癌研究会有明病院など。
公式HP/TANGE建築都市設計