2025.03.13

佐賀・唐津

よい匂いのする「洋々閣」での一夜

唐津の浜辺近くに建つ「洋々閣」は、大正元年に改築された木造建築の母屋を中心に、黒松が美しい庭園を擁する日本旅館。伝統とモダンが心地よく溶け合う空間での一夜を振り返ります。

CREDIT :

写真/長野陽一 文・編集/秋山 都(Web LEON) 

Web LEON食いしん坊担当の秋山 都です。

池波正太郎氏の『よい匂いのする一夜』(講談社文庫)は、よい伝統を引き継いで、奇跡のように残り続ける宿ともてなし、そして旅の醍醐味について綴られた名著。「俵屋」(京都)、「日光金谷ホテル」(日光)、「万平ホテル」(軽井沢)、「玉の湯」(湯布院)などの名宿が紹介されている一方、今では廃業してしまった宿も多く掲載されています。この本の中に、なぜこの宿が入っていないのか? と長年不思議に思っていたのが佐賀県唐津市の「洋々閣」。というのも、この「洋々閣」こそ“よい匂いのする”滞在が楽しめる宿だからです。
唐津 洋々閣
▲ 「洋々閣」の前から唐津城を望む。風情の残る光景だ。
創業は明治26年。120年以上に渡って、日本の宿文化を受け継いできた由緒正しき宿ですが、今回5代目当主の大河内正康さんにたずねたところ、残念ながら池波正太郎氏は「洋々閣」に投宿したことはない、とのこと。残念だなぁ、きっとお好みだっただろうに……と思っていたら、こんな1冊の本を客室内で発見しました。
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唐津 洋々閣
▲ 佐藤隆介氏が自筆メッセージとともに寄贈した著書が各室に置かれている。
これは池波正太郎氏に私淑した作家、佐藤隆介さんの書付ではありませんか。聞けば、佐藤氏はかつて「洋々閣」を何度も訪れ、各客室に自筆メッセージ入りの著書を寄贈するほど、このお宿を愛していたのだそうです。かつて池波氏の書生を10年務め、師亡き後は多くの池波本を上梓した佐藤氏のお墨付きだったとは……これで、池波的“よい匂い”を感知した私の鼻も、あながち間違いではないことが証明されたのではないでしょうか。そこで、今回は堂々とこの「洋々閣」の“よい匂い”の源を嗅ぎ当てていきたいと思います。
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あのジャック・マイヨールが愛した宿

◆「洋々閣」(佐賀・唐津)

まずは、この「洋々閣」のあるロケーションから。佐賀県唐津は玄界灘に面している佐賀県の北西部。秀吉が朝鮮出兵の拠点となる名護屋城を築城した地であり、江戸時代は唐津藩の城下町として栄えました。朝鮮から多くの陶工がやってきたことから唐津焼が生まれた地でもあり、毎年11月にはユネスコ無形文化遺産にも登録された「唐津くんち」が行われることでも有名。美しい山海に、玄界灘の魚と料理を引き立てる器、そして歴史と文化と魅力にあふれる土地柄……筆者の経験では、唐津の人に「佐賀のご出身ですよね?」と聞いても、「いいえ、唐津です」もしくは「ええ、まあ唐津なんですけどね」と返答されることが多くあります。つまり、それほど唐津の人々は唐津という地に愛と誇りをもっているのでしょう。
唐津 洋々閣
▲ 玄関に打ち水していた5代目当主、大河内正康さん。
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静かに流れる時間こそが宝物

その唐津の浜辺近くに建つ「洋々閣」は、大正元年に改築された木造建築の母屋を中心に、黒松が美しい日本庭園を擁する日本旅館。古い建造物は何かと不便なものですが、「亀の井別荘」の改修などで知られる建築家・柿沼守利氏が20年の長きに渡って手を入れたことで伝統とモダンが共生する美しく、居心地のよい空間へとリノベーションされています。
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こちらは私が宿泊した「十坊(とんぼ)」の間。前室と、床の間のある10畳の主室、広縁にはゆったりとくつろげる椅子が置かれ、ここから庭園を眺めることができました。特別に豪華なものが置かれているわけではありませんが、ひとつひとつが吟味され、丁寧に配されていることが感じられます。なにより静かですが、穏やかであたたかな雰囲気。
唐津 洋々閣
▲ 床の間の軸には「間是寶(かんぜほう)」。「静かな時間こそ宝物だ」という意味だそう。この宿にふさわしい言葉です。
「洋々閣」は前出の佐藤隆介氏を始め多くの作家に愛されており、ほかにも映画『グラン・ブルー』で知られる探検家ジャック・マイヨールが定宿にしていたことでも知られています。みなさん、ここで静謐で豊かな時間を過ごしているのでしょうね。
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唐津の美味を引き立てる隆太窯の器

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「洋々閣」の魅力は空間だけではありません。ここには唐津焼の作品が集められたギャラリーも設えられています。扱われているのは、中里隆さん、息子の中里太亀(たき)さん、孫の中里健太さんという3代からなる「隆太窯」。料理や花などを引き立てる器として人気がある作家たちの器を一同に拝見し、購入できるのはファンとして最高にうれしい機会です。
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その器は夕食にも使われているので、「隆太窯」のお皿や鉢物がどれほど料理を引き立て、よりおいしく感じさせてくれるか、身をもって体験することができます。ギャラリーで見て悩んでいた器を実際に使ってみることで、やっぱり買おうと決心したりして(笑)。また、アラ(クエ)やフグ、オコゼなど玄界灘の美味を堪能できる夕食もお見事。

一夜明け……滋味あふれる朝食に大満足

唐津 洋々閣
▲ 「洋々閣」での朝食。ボリュームたっぷりに見えるが、野菜が多くすんなりお腹におさまる心地よさ。
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「洋々閣」での一夜が明け……唐津の美味をあれほど堪能したのに、お腹がすいているのは、ぐっすり眠ったからでしょうか。唐津名物の豆腐や、麦がゆに野菜がたっぷり添えられた朝食をペロリと平らげ、果てにはごはんを「軽めに一膳」とリクエストしました。この朝食を池波正太郎さんが食べていたらさぞ満足してくれたんじゃないかしら。今はかなわぬ夢ですが、人が去り、世代は変わっても、本質的に美しいものは綿々と伝えられていくのだと心強く思いました。
唐津 洋々閣

洋々閣(ようようかく)

住所/佐賀県唐津市東唐津2-4-40
TEL/0955-72-7181(平日8:00~21:00)
HP/http://www.yoyokaku.com/
アクセス/博多方面からは「東唐津」駅下車、タクシー4分。佐賀、伊万里方面からは「唐津駅」下車、タクシー6分。

“よい匂いのする一夜”をもっと知りたい、楽しみたい!

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